NO.7 猫のサロニーのこと JAN.31th.1998

BIGCAT NEWSは獸木野生が、友人・知人向けに発行している不定期近況報告ニュースレターです。
著作権上、転載や引用はできませんのでご注意ください。


お久しぶりです、みなさん。
楽しい年末年始を過ごされたでしょうか?
そういえばクリスマス号もすっとばしてしまったBIGCAT NEWS、今回の7号は新年特大号か何かになる予定だったのですが、申し訳ないことに今回はちょっと悲しい話題です。
実はみなさんおなじみの、猫のサロニーが亡くなりました。
このニュースレターをお送りしている方のほとんどはサロニーと顔見知りでかわいがっていただいていたのでご報告と、また看病などの都合で連絡が途絶えがちになることのおことわりのために、大部分の方にあらかじめ具合のよくないことをお知らせしていましたので、予期していた方もいらっしゃると思いますが、昨日1月30日の夜10時ごろのことでした。

オーストラリアでの初めてのそれはにぎやかなクリスマスや正月の両親の訪問などで年末年始を楽しく過ごしたあと(猫にとってもごちそう続きでした)、今まで一週間に一度くらいしか暑い日のなかったメルボルンに、10日近くも続いたヒート・ウエーブが来ました。
サロニーは今年に入ってから、家の中にいるのをいやがって外で寝たりとか、様子がいつもと違ったのですが、暑さやノミのせいだろうと思った飼い主は、お風呂に入れたりノミ取り首輪を着けたり、見当違いなことをしていたのでした。
1月半ばを過ぎたころ、サロニーが突然家の中の妙な場所で失禁するようになり(猫をお飼いの方はご存知のように、きれい好きな猫がトイレをちゃんとできなくなるのは、かなりの危険信号です)、あわてて医者にみせたところ、腎臓をやられていて、もういくばくもなく、効かない投薬か、安楽死(みるみる弱って、水分補給などのためつきっきりで看ていなければならなくなり、飼い主の精神状態やお勤めの状態によってはむずかしいため)しか方法がないという診断。そのあとは1日単位で行動範囲がせばまり、物を食べなくなり、動けなくなり、といった具合でした。

サロニーがわたしのところに来たのは、約10年前の1987年11月のこと。
雨の夜に外で猫の呼び声がするので「ニャー」と返してみたところ、生後約6カ月の黒猫が窓から家の中に飛び込んで来たのでした。タスクは当時6歳。ペットを飼ったことのなかった彼は、飛び込んできた動くものを見て、「おもちゃかと思った」のだそうです。
実はわたしも自分で猫を飼うのはサロニーが初めて。あとから獣医さんなどに聞いて、黒猫は猫一倍人なつっこいと知りましたが、日がな人の膝で眠り、近所の買い物に店までついてき、外出先から帰れば犬のように駆けよる姿に、当時同居していた母を含むわたしたち飼い主はメロメロ。テーブルに乗ろうが、原稿に乗ろうが、したいほうだいさせてスポイルしまくったのでした。
賢く繊細な彼はまた、辛いもの好きで、タイ風カレーの辛いお肉やカラムーチョをバリバリ食べたり、そうかと思うとチューリップのつぼみを頭から食べ、自分の水飲み皿を無視して花瓶の水を飲む(猫は大抵変なところの水を飲むのが好きですが、彼は花がぎっしり詰まっていても、細い口の花瓶でもしつこく飲もうとするほど花瓶の水に執着していたので、オーストラリアに来てからは、ついにわたしは水飲み皿に花を入れるようになりました)(そうしたら水飲み皿から飲むようになった)のが好きな、ちょっと変な奴でもありました。

1月20日に死を宣告されて、30日に死ぬまでが10日間。
検疫にいたときも、どっと痩せてしまったフロイドに比べてケロッとしており、絶好調とばかり思っていた飼い主には、あっという間のできごとでした。
が、反面、10日間というのはさよならを言うには十分な時間でした。
もうあまり動けず、猫の不思議な習性によって家の中の通常いた場所にいたがらない彼といっしょに、気候によって西の裏庭や、猫立ち入り禁止だった客間のあるスペースに移動しながら、わたしもガーデンテーブルで仕事をし、寝袋で寝たりして、ずっと過ごしました。
サロニーには際だった苦痛もなさそうで、ワープロをたたくテーブルの残り半分にサロニーが横たわっていたり、寝袋の中でゴロゴロいうサロニーを抱きながら星を眺め、雨の音を聞き、いい音楽をかけて裏庭でふたりで踊っていたり(サロニーは静かな音楽に合わせて抱きながらくるくる踊ってやると、首をのけぞらせてうっとりと回る天井を見つめている変な奴でした)すると、すべては平和そのもので、いつもの生活となんら変わらないような気さえしましたが、一方、だんだんと赤ん坊に逆戻りして子宮に帰りたがっているかのように、ミルクだけしか口にしなくなり、昼夜を問わない4時間ごとの授乳のように、5時間ごとにトイレの世話をしなければならなくなり、人の姿がちょっとでも見えないと暗くて狭い物陰に隠れるようになって、彼はどんどん退行していったのでした。
サロニーの次にやって来た同じ黒猫のハースが、うちに来たときすでに発病していた猫白血病のために2年間わずらって死んだときは、まだ幼くてピンと来なかったらしいタスクも、今回は共に育った弟分の死とあっていろいろ考えることがあったらしく、わたしがサロニーを看られないときは交代で看病したりして、よく手伝ってくれました。サロニーが死んだのが、タスクの高校入学3日後だったのも、ひとつのサイクルを感じさせます。

作家の単調な生活の中で、ただひとついつもそばにいて動いていた黒いものが、ついにピクリとも動かなくなって土の中に埋まった今、「空っぽ」な気持ちと悲しい気持ち、そして満ち足りた10年間を共に過ごして、最後まで腕の中に抱いていることのできた幸せとで、ただただボーゼンとしています。
強く生きるために、強くなるために、あるいは強くなれと願うために、庇護したりされたりすることがそうそう許されない人間の世界。ただ庇護され愛されるためだけに生まれてきた美しい生き物の至福の姿を見ることで、自分がどんなに癒されてきたか、いまさらのように思い知らされています。

サロニーをかわいがってくださったみなさん、またこの10日間にメールや電話で声をかけてくださったみなさん、本当にありがとうございました。こんな時なので、本当に励みになりました。また、コンピュータのある部屋にあまりいられなかったため、連絡などが滞りましたことを、あらためておわびいたします。
現在連絡状態は平常に戻っています。

ついでにご報告すると、サロニーと入れ替わるように、1カ月前くらいから「ウルフ」と名付けたドメスティック・ショートヘアが、うちの玄関先にいつくようになりました。
「ウルフ」の本名は「シンディ(オスなのに女の子の名前)」で、1ブロック先のお宅の飼い猫だということが最近判明しました(首輪をしておらず、昨年6月に越してきたときからずっとうちのあたりをうろついていたので野良かと思っていた)。隣のドロシーさんがいろんな猫(うちのを含む)にエサをやったり、うちで時々ごちそうはしていても、なぜ家に帰らないのか不思議でしたが、ドロシーさんによると、彼の本家には8匹の猫がおり、飼い主はそのうちどれにもエサをやっていないそうです。
そんなわけで、ウルフは今後も半うちの住人状態だと思います。遊びに来たときはかわいがってね。

では季刊化、半年ごとの発行化のうわさもある次号BIGCAT NEWS8号でお会いしましょう。

獸木野生


<BIGCAT NEWSは1号から7号まで、このホームページ公開以前に書かれています>


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