獸木さんちのハース
名前/ ハース(?ー1993)
性別/ オス
ブリード/不明
毛色/黒
保護者/獸木
特技/道の真ん中に寝て車を止めること
さて、「PALM BOOK」に載っている猫のエッセイ漫画にも登場しているので、ハースのことをご存知の方は多いと思う。
彼はわたしが本格的に飼った猫第一号のサロニーに次ぐ、第2号猫である(でもって第3号がフロイド)。
ハースがうちに来たのはサロニーを飼いはじめて3年ちょっとした1991年春のこと。そもそも同じ黒猫なのでサロニーと間違えて、呼び止めたことからうちの猫になった。
野良だったから最初は当然よれよれの状態だったのだが、うちに来て洗われ、食事をあてがわれるようになっても、相変わらずやせっぽっちで毛づやが悪く、どこか体が悪いのはすぐにわかった。特に口内炎がひどくて、定期的に注射をしないと物も食べられなくなってしまう。うちに来たときすでに去勢されていたので、元飼い猫だったのが、病気で鼻が利かなくて迷子になったか、捨てられたのであろうと獣医さんと推測した。
翌年、彼は猫白血病という病気で、余命いくばくもないことがわかり、家に来てから約2年後の1993年の秋に死んだ。
猫が自分の不治の病をどんなふうに感じ取るかは謎であるが、とにかく死を宣告されて「ガーン」とかいう過程がないのは確かだと思う。当初わたしには、ハースには「調子のいい時」と「調子の悪いとき」という2種類の「感じ」しかないように見えた。
彼は他の猫以上に、寝ているか食べているかしかないという状態だったのだが、誰にでもなつき、薬が効いている間は何でもものすごく食べ、何にも動じなくて、周囲を感心させた。
うちの前は小さな交差点で、時々は小型トラックなんかが通ったのだが、彼はよく道の真ん中で寝て、トラックを止めていた。で、トラックが遠慮がちにクラクションを鳴らすと、おもむろに起き上がって、ゆっくりと道をあけるのだ。
彼は病気ながらも「元気」で、毎日を楽しんでいるようにさえ見えた。
ハースは食べて食べて食べた。他の猫みたいに吐いたりもほとんどしない。しかしその食べたものはどこへゆくのか、彼は日ましに痩せていった。
獣医さんが「あと2週間くらいかな」と言ってから、彼が死ぬまでの間は特に印象的だった。
もう骨と皮になった彼は、いつもと同じく冷蔵庫の上なんかで横になっているのだが、ちゃんと首を起こして目を開けているのに、明らかにもう魂がそこにないときがあった。
「これが幽体離脱か・・・」とわたしは思ったものだ。でもってその幽体離脱の最中に、刺し身なんかを用意して「はっちゃん、はっちゃん、お刺し身だよ!」と呼ぶと、離脱していた魂がしゅっと本体に戻って、はっと生き返るのだ。
ハースがもう寿命と知って、母もマメに焼き魚の残りや刺し身なんかを持ってきてくれた。
最後の夜も、母が持ってきてくれた刺し身を喜んで食べたのだが、数時間後に吐いてしまった。魚はまったく消化されていなかった。
わたしの部屋に連れていこうと抱き上げたら、まるで中身が全部落っこちてしまったように、おもらしをした。ハースがおもらしをしたのは、後にも先にもそのときだけである。
ハースはそのまま寝入って、明け方にむっくり起き上がり、数歩歩いてけいれんを起こし、体の裏表が逆さになるんじゃないかと思えるくらい、身をよじって死んだ。
その両目は飛び出しそうなくらい開いていた。
わたしはハースは、病気だったけれど、うちに来た後の人生は結構気楽だったのじゃないかとずっと思っていた。けれども彼の死に様を見て、やっぱり彼はたいへんだったのだと知った。
彼の死の報告を電話で母にしたあと、すぐまた向こうから電話がかかってきて、両親が外で食事をしようと誘ってくれた。
猫の死なので、押さえ目に報告しただけだったのだが、いろいろ思うところが多かったのを察してくれたのだろう。
感慨深い1日を終えた翌日、わたしは新たな感慨を味わうことになった。
先住猫のサロニーは、他の2匹の猫の存在をうとましく思っていたのだが、ハースが死んだ当日は、さすがにうずくまって下を向いた姿勢で、一日中神妙にしていた。
何が起こったのかもさっぱりわからないといったふうで、いつもとまったく態度の変わらないフロイドに比べ、さすがにサロニーは繊細だわいと、感心したものだ。
しかし、一夜開けたサロニーは、まるで手のひらを返したような大喜びぶり。
ライバルが去った歓びを隠そうともせず、足取りも軽く、毛艶もよく、満面に笑みを浮かべ、飼い主に甘えまくり、世界中に「やったー!!!」と叫ぶその姿で周囲を圧倒した。
人間ならどんなにいやな奴が死んでも、「思えばかわいそうな奴だった」の一言くらいはありそうなものだが、動物の世界はすごい。
いろいろ勉強になりました。
<1998年12月>
左がハース、右のめっちゃ怒っているのがサロニー。仲が悪かったふたり。
/Photo by Yasay Kemonogi
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