心を読む人間

初めて書き込みします。
今回はわたしの知り合いのことを書きたいと思います。仮にエミリーとしておきましょう(日本人です)。

エミリーはわたしの親戚関係の知り合いで、歳も10歳以上下だったので、あまり話したことがありませんでした。
地方に住んでいたエミリーが高校を卒業し、東京で就職することになったとき、彼女は東京に住んでいたわたしの一家のところに、一ヶ月ほど居候しました。

ふたりでいろいろ話すようになり、そのうち彼女が「わたし人の心の声が聞こえるんだ。」と打ち明けました。わたしは親戚の中では、占いをやったりすることで知られていたので、わたしなら言わなくても気付いてくれるかなと思ったのだそうです。
(ぜんぜん気付きませんでした)

エミリーがわたしにそのことを打ち明ける何年も前、わたしがバイトでいっしょに仕事をした男性がなにかのとき「もし電車の中とかに心を読める人間がいたりしたら、いやだと思わない?俺なら絶対殺す。」みたいなことを言っていたことがあり、今思い返すとずいぶん物騒な発言ですが、そのときは確かにいやだろうな、でもそんな人この世にいるまい、と漠然と思っていました。
だから打ち明けられたとき、もっと大事件風の驚きがあるとか、疑ってかかるとかしてもよさそうなものでしたが、なんとなくすんなり受け止めてしまいました。

一般的にも、人の気持ちのよくわかる人と、あんまりわからない人っていますが、彼女は言ってみれば気持ちのよくわかる人が、さらにパワーアップしたというようなキャラクターでした。
わたしはそれまで、自分が自分の考えていることを、頭の中で「声に出して」しゃべってるなんてことは意識したことがなかったので、彼女がわたしの頭の中の声に返事をするのを聞いて、はじめて「そうなんだあ、心の中でもしゃべってるんだー」と実感したものでした。

彼女の言うには、彼女には変則的に人の心の声が聞こえ、まったく聞こえない日や、逆に他人の心の声がうるさくて、ものも考えられない日があり、聞く聞かないを自分でコントロールすることはできないそうでした。

得なことは何もなさそうで、むしろたいへんそうでした。
たとえば彼女は簡単に人に騙されてしまいます。彼女の言うには、人は嘘をつくとき、声に出す前に頭の中でいったんその言葉をつぶやいてウォーミングアップするのだそうです。
たとえば、そのときまだ小さかったわたしの息子が、ほんとは用もないのに甘えたくてわたしを呼ぶときなどは、声に出して言う前に頭の中で「おかあさーん」と反芻していたのだとか。

しかし、本当の嘘つきというのはさすがに曲者で、自分で自分の嘘を信じきって(またはなりきって?)おり、ウオーミングアップなしにすらすら嘘をつくらしいのです。で、なまじ心が読めると思っている彼女は、ころっと騙されてしまいます。
あるときコインをどちらかの手に隠して当てさせるゲームを彼女とやりましたが、コインの入っていないほうの手を意識していると、彼女はどうしてもそっちを選んでしまいます。 勝てません。

あと当然、付き合っている男の子の考えてることなども聞こえてしまうので、誰と付き合っても1ヶ月ともたず、また小さいころは、彼女のひとつ上の兄が、悪ガキ相手にしょっちゅう喧嘩をし、毎度仮面ライダーの変身ポーズを決めている最中に殴って泣かされるたびに、なんだかわけもわからず自分も泣いていたりして、周りからは理解されにくい存在だったようです。

彼女から聞いた、いろいろな人の心の声の話は、ためになりました。
高校のテストのとき、テストの見直しをしながら、「なんだここ、こんな答えなわけないやんけ!」と自分を叱咤する同級生の心の声。
エミリーが人の心を読むらしいと学校で噂になったとき、「ためしに心で呼んでみよう!」ということになったらしく、離れたところから(心で)「おーい、おーい。」と呼んでいた女の子達の集団。
同級生には、いつも心の中で大声で(!)矢沢永吉(という字でいいですかね?)の歌を歌い、おまけに「サンキュー!!」と(心の中で)叫んで決めている子もいたそうです。結構楽しいです。

彼女の話では、クラスメートに、最初は仲良くなかったけど、実は相手も心が読めるとわかって仲良くなったニキータ(仮名)という女の子もいたそうです。
彼女はエミリーと違い、もっと四六時中声が聞こえるという人で、生い立ちも謎が多く、あるとき突然転校してしまったのだそうです。
彼女の住んでた地方には、そんな人がごろごろしてるのか、すごいな、と思ってたら、さらに驚いたことに、UFOなんかを研究している変わった若い男の先生が学校にいて、ある日エミリーとニキータを自分のところへ呼んで一言、
「お前ら、わかるだろう?」

ちなみにエミリーは人の心の声が聞こえるほかに、いわゆる霊なんかも見る子でしたが、ニキータのほうはさらに本格的で、透視や予知なんかもしたそうです。

エミリーと暮らした一カ月間は、確かに居心地がいいとは言えませんでした。
が、その後何年かして彼女と再会したとき、なんだか彼女とのスタンスの取り方というか、心を読まれないコツというのを身に付けている自分を発見しました。読まれたくないような内容に思考が傾くと、考えを自然と別なほうにそらしてしまうのです。
エミリーの言っていた「ガードを固める」というのは、なるほどこのことか、と思いました。エミリーとニキータは双方心の声を聞くので、ふたりが仲良くしていたころは、お互いこの技術が欠かせなかったらしいです。

エミリーはその後「聞きたくないときは声をシャットアウトする」術を覚えたといい、今は結婚して赤ちゃんにも恵まれ、幸せにやっているようです。

エミリーに心を読むことを打ち明けられたころ、友だちだったアメリカ人女性に彼女の話をしたら、ちょうど読んでいた(彼女は日本語堪能)という日本の有名な作家の(作家名を忘れてしまいましたが)「七瀬シリーズ」とかいう、心の読める女の子が主役の本を貸してくれました。
主人公がその能力のために、あんなことにもこんなことにもなってしまうという、すごいお話だったように記憶していますが、主人公が聞くいろんな人の心の声の描写が妙にリアルだったので、今まで自分が知らなかっただけで、心を読める人って、ほんとはそこいらにごろごろしているのかも、と思ってしまいました。

世の中、まだまだ知らないことがいっぱいありますね。 ではまた!

(2000年3月)

追記/「七瀬シリーズ」は、これを書き込んだサイトのビジターの人に教えていただいて、筒井康隆作品とわかりました。