「そりゃ無理だよ、ヨシュア」 「…ったく、間抜けにつかまってんじゃないわよ、オスカー。…あ、これ美味しい」 「別にだな、逃げて逃げられないことはなかったんだ。見くびらないで欲しいぜ、オリヴィエ」 「…マイクです、オスカー」 「あ、そか、マイク。とにかく、すべては作戦のうちでだな…ほんとに美味いな、あのお嬢ちゃんが作ったのか?ほらリュミエールも食って…」 「…ポールです、オスカー」 「だーーーーーーっ。面倒だな、その名前!」 「面倒でも慣れていただきます。…ああ、本当に美味しいですね」 食べるに会話するに忙しい3人であった。 ひとしきり経ち空腹も満たされ、3人は、階下から聞こえてくるパーティの嬌声をBGMにようやっと一息ついた。 「下は盛況だねえ。女の子も来てるみたい」 「パーティには花が必要だからな。盛り上げ役で呼ばれたんだろう」 「私達には関係のないこと。とにかく今後の相談をいたしましょう」 「今後の相談って夜が明けたら帰るってそれだけだ」 オスカーがぶっきらぼうに言う。 「せっかく来たが幻だった、もう用はないぜ」 「…そうでしたね。オスカーの聞いた話がわかっていれば、何もネリーにご迷惑をかけることも無かった…」 「まぁまぁ、そーだけどさ、この設定ですぐサヨナラってワケにも行かなかったじゃない?明日の朝、二人が起き出す前にでも出てけば良いってことで」 「お世話になるのに心苦しいですが…」 「書き置きと…あとはそれこそ、いくらか添えたりすりゃいーんじゃない」 オリヴィエは気にすることではないと笑った。オスカーが問う。 「金?…さっきもそんなようなこと、ここの店のヤツが言ってたな」 「そーそ、ヨシュアってすっごい金の亡者なの、なんでも“いくら出す?”ってこうよ」 「へーえ」 「言うほど支払ったわけではないですけどね、私たちは。でも本当に、ガイの言ったことも合わせると、すべてにおいてそのようでもあり」 「こんな村じゃあ使いどころもないだろうに。…結婚資金でも溜めてんのか?」 「うっわ〜〜、オスカーって発想、オヤジくさ〜〜〜!」 「うるさい!単に可能性で…」 オスカーの大声が響いたところで、ドアが軽くノックされた。ネリーだった。 「あら、楽しそう。なんの話?」 無邪気な顔の質問に、下世話な噂話をしていたとは言えなくなる3人であった。 「…大した話ではありませんから」 リュミエールはそう微笑んで返し「もう下の方は良いのですか?」と聞いた。 「ええ、やっと一段落。こちらも食事すんでるみたいだし、そろそろ行きましょ?お待たせして本当に悪かったわ」 3人は頷いて立ち上がり、自分達が使った食器を手に手に持ちつつ、部屋を出た。 店の裏口から、一応人目を忍んで夜道をたどる。店からそう離れていない場所だが急に家並みがまばらになった場所に、古い、レンガ造りのネリーの家はあった。 「夜になるとちょっと冷えるの、暖炉に火を入れるわね」 着いて早々、上着を脱ぐやいなや、忙しく経ち振る舞うネリー。思えば会ってから常に彼女は“働いて”いる。 「そう?落ち着きないのかな、なんかこう動いてたいっていうか。ヨシュアにも時々怒られたりするの、ちょっとはじっとしてろ、とかって。…だから迷惑じゃなければ気にしないで、好きでやってることだから」 部屋も程良く暖まって、その間に手際よく用意されたお茶を差し出しつつ、彼女は笑った。 そんな話を聞きながら、3人は初めて訪れた場所では大抵の人間がそうするように、ついつい部屋の様子に視線を向けている。外観と同じく、置かれた家具も年代が経って良い風合いを醸し出しているものばかり。壁にかけられた手織りのタペストリーや絵皿、無造作に置かれているように見えて趣味の良い統一感のある部屋は、派手さはないが落ち着いて、安らぎに満ちている。家や部屋というものは、主の人柄を如実に表すものである。 しかし。 「ここに…ひとりで住んでるの?まあ、今はカレシと住んでるワケだけど」 思わずオリヴィエが発した台詞は他の二人にも同様にあった疑問だった。本当に、若い女性が一人で住むには大きい家であった。大人数の家族が十分生活できる。 「そうだけど…元々あった家だから、広いっていってもね、気にしてないっていうか」 リュミエールがチェストの上のフォトフレームに目を留めた。 「ああ、ご家族の写真ですね」 ふるぼけた色の家族の肖像が、そこにある。 「そう、この後ろから覗いてるちっちゃいのがね、私。今はみんな母星に住んでるわ」 「へえ。寂しくはないのか?」 「う〜ん、どうかしら。元々忘れっぽいの、昔のことはあんまり振り返らないタイプ…だから寂しいとかはあんまり」 「ヨシュアもいるしねえ☆」 「ふふ、そういうこと、かしら?」 少し照れたように笑って、彼女はお茶のおかわりを配った。 「ま、そんな話はどうでも。明日の朝は、裏の畑で採りたての野菜でおもてなしするから。地味でごめんなさいね、でも美味しいのよ…って、さっき食べたものもそうだったっけ」 挨拶も無しに去ろうという計画を立てていた3人は恐縮するばかりであった。 「ああ、確かに美味かった。味付けだけじゃなくて元が良いって理由だったんだな」 「ご自分で栽培されているのですか?それは素晴らしい」 リュミエールの感嘆にも、大したことではないと彼女は言った。 「この村は小さいから、あんまり仕事が選べないの。うちはわりと土地があるから、そこでね。自分達で食べる分と、あとはガイの店でいるぶんを引き取ってもらって。それが仕事みたいなものね。なんとなくそういう感じで来ちゃったってだけだけど。後は今日みたいに、ガイのお店が忙しいときちょっと手伝ったりとか。ほとんどボランティア価格だけど!」 「はは、カレシとは正反対…」 つられて笑うオリヴィエにリュミエールの目配せが飛んだ。 「っと、ゴメン」 「いいのいいの。実際その通りだし!…だってわかるでしょ?あの人が朝っぱらから土いじりなんかするわけないって」 知り合ったばかりで失礼な話だが、3人は思わず同時頷いてしまうのであった。 「別にやってほしいとも思わないし。個人主義なの、うち」 「個人主義で居候とは都合がいいな」 「あはは、ほんとよね〜〜〜。でも…諦めよ。無駄なことはしない主義でもあるの、私」 場に笑い声が満ちる。成り行き上、彼女の身の上を根ほり葉ほり聞くような状況になって少しばかり気になってもいたが、このような和やかな雰囲気さえ生まれ、ほっとする3人であった。 「ちなみに彼は…『何でも屋』とか呼ばれていましたが」 「あら、言葉通り『何でも屋』よ、失せ物探しから女衒まで!人の頼みを聞いてそれを叶える夢のショーバイなんですって〜!ほんと変なコト言う人よね。でも結構流行ってるらしいわよ?駐屯地の兵隊さんなんかお得意さまよ」 またも気にしないというふうに、おおらかにネリーは笑う。 「オスカー、アンタも誰か紹介してもらえば」 「悪いが遠慮する。愛は金じゃ買えないんだぜ」 「あ、そ」 そう呆れ声で答えてから、オリヴィエはついでとばかりに、先ほど三人での会話を持ち出した。 「…で、そんなにして金貯めてどうしようっての?あの彼は」 「知らないわ」 ネリーは即答した。 「趣味なんじゃない?わかんないけど。…チャンスがあったら聞いてみてくれる?」 彼女はやっぱり笑ってそう言ってから、すっかり空になったポットを持って台所へと立った。ドアが閉じ、3人だけになる部屋。 「ふぅん…筋金入りの個人主義ってワケ?」 「さあな、男と女の間のことは他人にはわからないもんさ」 「秘密にして後で驚かせたいという気持ちもあるのかもしれませんしね」 「やだ。オスカーの結婚資金発言の影響受けてんの?」 「そういった意味では…」 そんなことを話していると、何やら玄関のほうが騒がしい。ヨシュアが戻ったようだった。ネリーとの会話が聞こえてくる。 「酒、余ったから貰ってきた。どうせトラック借りるついでで」 「トラック?また?何に使うの、今日カルロスさんが…」 「ああ、その話なら聞いた。でもさ、これも人助け。あの3人、森で記憶無くしたんだろ、だったら探しにいくのはやっぱ森行くしかないじゃん。…歩きで山ひとつ越えるのは大変だぜ〜?」 ……あ、そうか。漏れ聞こえてくる会話に、思わず返答する3人であった。
<つづく> | つづきを読む | HOME | |