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「どうですか、オスカー」
 オスカーはまず舌うちでそれに返事した。
「ダメだ、途中でどうしても止まる。…そっちは?」
 リュミエールは移動装置とは別系統の、通信設備の方を確認していた。
「…こちらは…おそらくなんとか…」
 忙しく動いていた指先は入力を終えて止まり、マシンが静かに音を立て、起動を始めた。モニターが青白く光る。
「やったぜ!」
 オスカーが指を鳴らした。そう待たず、聖地の王立研究院とのアクセスは可能となった。
「オスカー様、リュミエール様」
 パスハの顔がモニターに映る。
「ああ、パスハ。すみません、すっかり戻るのが遅くなって」
「いいえ、こちらは問題ございません。それで、お帰り前の確認の連絡でしょうか。こちらは常に体勢は整っておりますが…」
 ただのノーマルな星間移動に、こんな前連絡など必要は無い。パスハは少しだけその常に冷静沈着な顔に疑問符を浮かべた。
「何か障害でも…?どうやらオリヴィエ様がいらっしゃらないようですが」
「ああ、オリヴィエはここにはいないが一緒だ、それは大丈夫なんだが…どうやら星間移動装置を起動させるプログラムにトラブルが出てな、どうにもこうにも動かない。どうしたらいい?」
「今すぐ調べさせましょう、しばしお待ちを」
 モニターの中のパスハは、周囲の研究員に何かを言付け、すぐにまたこちらに向き直った。
「その惑星にあるものは少々年代物のシステム、メンテナンスもしばらく行っていませんでした。申し訳ありません、守護聖様方には大変なご迷惑を…」
 深々と頭を下げる彼にリュミエールは微笑んだ。
「いいえ、私達が勝手を言って来たのですから。小さな星です、データは集めても実際誰かが降り立つことなどあまり無いのでしょう?」
「ええ、その通りです。主星などからすれば“星”と呼ぶにも躊躇があるほどの小規模衛星。それでもその衛星の親星に当たります惑星フラーバがかなりの規模と長い歴史を持つ星ですので…併せてその衛星にもこのような移動装置が設置されたというわけです。元々特に強い必要があったわけではないので使用頻度も低く、すっかり旧式となってもそのままにしてあるようですが…」
 何が起ころうがクソみてえなもんだ、こんな忘れ去られた星じゃな。
 カルロスの言葉がオスカーの頭をよぎった。
「お待たせしました、オスカー様、リュミエール様」
 調査の結果が出たらしい、パスハは手元の書類を見つつ言葉を継いだ。
「ああ、これなら深刻な問題ではありません。こちらからの修正で解消される類のものです」
「そうですか、ならば安心しました」
 リュミエールがほっと安堵の息をつく。
「ただ…」
「ただ?何だ?」
「他ならぬ守護聖様方の御身に関わること、こちらとしても最重要事項として既に修正にとりかかってはおります、そう時間がかかるものでもないのですが…」
「ああ、こっちの時間じゃそうはいかないってことか」
「ええ、なにぶん旧式のシステムとの互換性が」
「どれくらいかかるかわかるか?」
「計算によると、復旧まで遅くとも…そちらの時間で一昼夜。翌日の同じ頃ならば確実に完了しているはずです」
「その程度ならば大丈夫ですよ、パスハ。待ちましょう」
「本当に問題はございませんか?例えばフラーバに連絡を取って迎えをやるなり他の手だても…」
「大事になるのは避けたいんだ。長くかかるのならいざ知らず一日くらい平気だ」
「しかし」
 それだけ言ってまた黙る。この王立研究院の責任者は意味無く話を長くしたりはしないことを、リュミエールは知っている。
「何か心配事が?パスハ」
 彼は理由を端的に述べた。
「いえ、純粋に守護聖様の御身を鑑みてのことです。滞在場所や食料確保といった。たった一日のこととはいえ不自由があってはいけません」
「はは、それなら心配ご無用さ。ここはわりに居心地がいいぜ、民も親切だ」
「……そう、なのですか?」
 オスカーの言葉にパスハは意外そうな顔をして、一瞬手元の書類を見た。
「今いらっしゃるのは惑星フラーバ第17衛星α-K、通称ヴィスタ、で間違いございませんか」
「ああ、確かにそうだが?」
「…何かあるのですか、ここに…?」
「いえ」
 パスハはきっぱりと言った。
「守護聖様方がそうおっしゃるのなら、問題はございませんでしょう。お待たせして申し訳ありませんがこちらとしても出来うる限り早急にと尽力いたします」
「ああ、手間取らせて悪い。じゃあ頼んだぜ…あ、そうだ」
 思い出したようにオスカーは言った。
「この場所に、王立研究院側でガードしいてるってことはあるのか?」
「ガード?」
「ああ、この惑星の人間が近寄れないように」
「そのようなものは。何か…」
「ああ、知らないのならいい、こっちの話だ。いろいろと世話になる、後はよろしくな」
 オスカーはあっさりと通信を絶った。モニターの光が落ち、それまで絶えず響いていたマシンの起動音が消える。どこか心許ない気持ちになってリュミエールはオスカーに言った。
「…あの、オスカー」
「何だ?深刻な顔して」
「…今のパスハの様子…どこか気になりませんでしたか」
「そうか?俺は別に」
「……。ただでも気にしない性質ですしね…あなたは」
 あまりに平然としているオスカーについ口をつく言葉。そして細かいことを気にしない性質でありながら、リュミエールのこうした一言には必ず敏感に反応するのも、またオスカーである。
「なんだなんだなんだ!!自分だけわかったような面で。どこが気になったっていうんだ。あいつが何か隠してるっていうのか?俺達に?」
「いえ、そういうことでは。私にもわからない…だからあなたにも問うてみたのですが」
「そういう…」
 オスカーは一段声を上げた。
「理由もなく何もかもを疑って暗く考えるお前のその性格!平穏無事の聖地でなら見逃してやらないでもない、だがこういう状況においては…最低限」
 わざとらしく大げさにリュミエールに背を向け、出口に向かうオスカー。
「自分の中では整理してから持ってこい!疑心暗鬼は足をひっぱるだけだ」
「…………そう…ですね」
 オスカーの言うとおりだと、リュミエールも思っている。頭では。


 外から、中の様子はまったく伺い知れない。気を揉んでいたところで仕方がないが、することもなく待たされていればいろいろ考えてしまう。オリヴィエは気を紛らわすように、横にいるヨシュアを見た。
 ヨシュアはオリヴィエの横で木の幹にゆったりと体を預け、腕組みをしてあたりをゆっくり眺めたりしている。それはごくごく自然で、まるで草木の一本のように森の風景に馴染んで見えた。
 彼はこの森が気に入っていると言っていた。ここでひとり、何をするでもない時間を過ごすことはヨシュアにとっては苦でもなんでもないのだろう。陽気で饒舌な面もあるかと思えばひどく落ち着いて穏やかな今。不思議な男だ。相変わらずどこかつかみどころがない。初対面の時の印象からその部分だけは変わらなかった。
「あ。何?」
 オリヴィエの視線に気付いてヨシュアが聞いた。
「別に、なんでもないよ。…遅いねぇ、あいつら」
「大丈夫だよ、なかなか出てこないってことは少なくとも完全にダメってことじゃない」
 まるで今が不安でヨシュアからの言葉を欲しがっていた風に思われたのがしゃくで、オリヴィエは思わずど不機嫌な声を出した。
「…何よ急に。別にワタシは」
「あ、そーとも限らないか、諦め悪くいろいろやってるって可能性も」
「……ヨシュア。アンタ、喧嘩売ってんの?」
「はは、金にならないもんは売らないよ。それとも出す?なら考えてみないことも…」
「そんなモンに金出すヤツがどこの世界にいるってのよ!!…ったく、しょーもない」
 口を開けばこれだ。オリヴィエは脱力した。
「……どこの世界に、か……」
 ヨシュアはそう呟いてからオリヴィエの方を向く。
「なあマイク、そういやこの建物見てなんか思い出した?」
「そーだねえ、特にあんまり、って感じかな」
 この話題にはあまり触れたくない。オリヴィエは軽くいなした。
「まあ、思い出せなくても戻れさえすれば何とかなるでしょ、他の二人もいるしね」
「そっか。ま、あんまり気に病むのも良くないかもな、そういうの。物事、なるようになるもんだし」
 ヨシュアは木々の間からのぞく青い空を見上げて言った。
「でも考えてみたらすげえよな。記憶を失うほどショック受けたかなんかしてんのに、どうしてこんなとこにいるのかもわかんねーのにさ、名前と仲間だけは忘れてないって。3人ともだぜ?」
「まあね」
 オリヴィエはまたも適当に流す。リュミエールには悪いがやはりこの設定には無理がありすぎる。それでも何とか問題はなく事が進んでいることが、よほど『考えてみたら凄い』ことだ。一応感心したように言うヨシュアを見つつ、そう思うオリヴィエだった。
「よっぽど腐れ縁だったんじゃない?もしかして忘れたくても忘れられないような恨みでもあったりしてね!」
「わははは、そりゃホントだったら相当根っこが深いよな。すげーな、人の記憶って」
「アンタだったらさ、何憶えてると思う?自分で」
「俺?…どうだろうな〜」
 彼はしばし考えてから、笑って言った。
「…何一つきれいさっぱり忘れてんじゃない?それならそれですっきりしていい」
「ふーん。ま、確かにすっきりはしてるけどねぇ…あ、わかった!アンタが唯一憶えてそうなこと!」
「何?」
「お金。すごい執着みせてんじゃない、ぜーったい忘れないわよ」
 ヨシュアは高らかに笑った。
「いい線だな。所詮その程度かも」
「もうさ、なんで金貯めてたんだかそのことは忘れちゃってもね、金儲けのことは忘れないの。あれ、どうしてここにいるんだろう…でも金貯めなきゃ、とかってさぁ、言いそう!」
 オリヴィエは皮肉を込めてそう言った。が、ヨシュアは気にもとめない様子で目の前まで伸びてきている細い枝から葉を一枚ちぎった。
「それはそれでロマンチックじゃん?」
「…どこが!ロマンチックの用法間違ってるわよ」
「そお?だってさ、忘れたくても忘れられないことがあるってのは、それが金のことでもさ、どこか寂しい…ってか、せつない?カンジするじゃん。そういうの、オレ的にはロマンチック」
「………」
 不覚にも、ちょっと説得されそうになったオリヴィエであった。悔しい。

「おーい、待たせたな!」
 オスカーの声に二人振り向く。歩み寄ってくるその表情で、首尾は上々だったことが伺えた。
「どうだった?イケそう?」
「ええ、通信機能は正常に動いたので。すぐに連絡を取って…どうやら明朝には通常の状態に戻る見通しとのこと」
「良かったな!オレも一応責任感じてたから、助かるよその朗報」
「アンタのどこが、責任感じてたっていうのよ。まったく調子がいいんだから」
 ヨシュアに悪態をつくオリヴィエの声もどこか明るい。
「まあそう言うな。そんなわけで、今晩一晩だけ、また世話になりたいんだが…」
「オッケー、それでこの件相殺にしてくれるなら」
 ヨシュアは快諾した。

 

<つづく>


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