あまりのことに、声が出ない。あれほど知りたかった真実に、言う言葉さえ見つけられない。衝撃と動揺に浸っている暇はなく、容赦なく、真実はオスカーとリュミエールの前に開示される。
カルロスは平然と言う。
「さっきも言ったが、戦争ってのはリスクが大きい。景気良く勝ち進んでりゃ問題無いが、それだって少しも損なしとはいかねえ。まず人が死ぬ。人ってのは財産だ、大きく目減りしたら、増やすのが大変だ、時間もかかる。家族や友人を失えば、きーきー騒ぎだす輩もいるしな。それだけで世の中は不安で不穏になる」
モニター横のスピーカーのパスハの声は淡々と事実を述べ連ねる。
「それで考え出されたのが、『ガジェット』です。わかりやすく言いますとサイボーグ、アンドロイド…いわゆるロボットの類。機械であるなら、いくらでも増産がきき、破壊されても良心の呵責もないということで開発されたもの。ひとたび戦争に使用するとなれば、少数では意味がありません。事前に、大量にストックが必要になります。おのずとその“置き場所”も…その場所に選ばれたのがヴィスタです。無人の小さな衛星」
「なんせ母星の民にそんなもん作ってることがバレたら大変だ。戦争ってのは突然、やむにやまれず始まるのがベストだからな。だが、そうそういっぺんには作れねえ。出来上がってはこの星に移送する、それの繰り返しだ。ああ…どうやらお前さんらが壊したらしい森の“ガード”。ああいうのも全部戦闘用のロボットだ。図体でかいだけで役に立たない試作品だがな。…ロボットおたくがいたんだろうな、母星には。そいつが莫大な予算をすぐに食いつぶした。必要以上にご立派なもんを作りすぎてな」
「どうやら計画は何らかの理由…おそらくは継続するだけの資金の不足でしょう…まもなく中止せざるをえなくなったようです。己の作り出したものを持て余したというのが正解かもしれません。フラーバは、そのガジェット達を放置するしか無かったのです。いえ、ガジェットの置かれた衛星ヴィスタごと、計画自体を無いものとして扱うことにしたのです。本来、この衛星には人は無い…秘密裏に行われていたことです、問題はありません」
「実際よくできてた。なんせ、普通の人間と見た目も中身も変わらねえ。理由が戦争のためなんかじゃなく、純粋なもんだったら…そしてそのまま研究開発を重ねたら、宇宙の歴史を変える発明になったろうな。今でも十分だって?いやぁ、それがそうでもねえ。あいつら、意外と抜けてるんだ。まあ、機械だから仕方ねえがな」
「ちょっと待ってくれ!カルロス!」
「待って、待ってください…パスハ…!」
何が言いたかったわけではない。しかしただ黙って聞いてはいられなかった。思わず“同時”叫ぶ、オスカーとリュミエールであった。
オスカーはもう一度言った。
「ちょっと…待ってくれカルロス。俺にも質問させてくれ」
「ああ、いいぜ。何が聞きたい?」
カルロスは笑みさえ浮かべ余裕ありげにそう言った。
「その…ロボット…『ガジェット』っていうのは…ネリーやヨシュア、ガイ…みんなそうだってことでいいのか」
「ああ、そうだ。ついで言やぁ、お前さんが蹴倒して来た兵隊だってそうさ。あいつらみんな歳も背格好も近いだろ?基本的には同じ型から作ってるからな」
何本目かのタバコに火をつけながら平然と答えるカルロス。
「ま、そのロボットマニアも最初から男と女を作る気なんかなかったろうよ。武器なんだしな。ところがカムフラージュのための『プレイスター計画』が持ち上がった。プログラムの書き換え次第で牧歌的にも暮らせるし、戦闘用にもなるわけだ。そんな余計なことやってっから金が尽きるわけだがな」
がはは、と下品な笑い声が部屋に満ちる。なぜこの男がこんなに愉快そうにこの話をするのか、オスカーにはわからなかった。
「…記憶や感情ってのはどういう仕組みなんだ。ひとりひとり違う、個性も十分にあった」
「記憶については簡単さ。覚え込まされてるだけだ、それこそ一体一体個性出すためにな。頭ん中にあるプログラムの指示に従ってテキスト読み上げてる。もちろんそれにしたって、人ひとりの人生分なんかきっちりあるわけがねえ。プログラムに無い応対はできない、聞いたって支離滅裂な会話になるだけだ」
支離滅裂な会話。
「それじゃ…成り立たないこともあるだろう…?」
「どうせ機械同士、全員で成り立たねえなら、それもお約束さ。奴等はお互い自動的に、自分が理解しない内容については聞き流して忘れっちまう。不都合な言葉に疑問を持っても、使用頻度が少なきゃどんどん奥底に沈んでって、そのうちどうでもよくなっちまう。元々底の浅い単なる“台詞”、そこに大して意味もない。相手が言った言葉くらいは覚えるから自然と語彙も増えるようにはなってるが…それもまあ限界があるわな。所詮人間様とは同じようにはいかない。生活も会話もみんな猿真似…人間ごっこをさせるだけで充分だったんだ」
忘れてしまったのではなく、はなから無かったのだ。彼らには過去がない、あの歳、あの背格好の状態で生まれてずっとそのまま。いかに出来が良いプログラムであっても、それにそった行動しかできず自分の中に無い言葉は言えない。
「ただな…そのマニアにも予期しない事態も起こったのさ。“感情”ってやつだ。機械に感情持たすなんざ、できるわけがねぇ…なのに。嬉しそうに言う、悲しそうに言う、そんなことを長い間やり続けてると、いつの間にか湧いて出てきちまうもんなのかな。なついて一緒に暮らし出す輩までいやがる」
「ヨシュアとネリー…か」
「ま、一応は男ならオンナに興味持つ、くらいの設定はあるんだが。一緒に住むなんてことはあの二人が初めてだ。…大体ヨシュアはイレギュラーなことが多すぎる」
イレギュラー。森に興味を持つなといっても言うことを聞かず、惑星の外に出たがり、恋愛までする…機械。これは進化か?長い時間かけてゆっくりと機械も進化するんだろうか?ヨシュアだけが?それとも個体差を持って他の者も続くのか?
「だから…捕まえたってのか」
「ああ、これ以上好き勝手されると困るってとこまで来たからな。均衡を守るのが俺の仕事だ」
均衡を守る。自分も嫌というほど聞かされ続ける、言葉。
もう長いこと、ひとりで。番をしてる。
「…なあカルロス。この星の、大体のことはわかった。…だが」
オスカーは言った。
「じゃあ、あんたは何なんだ。そこまで知ってる、この星で唯一のあんたは」
カルロスは机から脚を下ろして身を起こし、代わりに今度は手のひらを組んで机に置いた。
「………わからねえか?…俺が、作ったんだよ。あいつら。母星のロボットおたくってのは、俺のことだ」
その頃、やはりオリヴィエも混乱の中にいた。
お前だけが、こんなことに。ヨシュアの言葉がただ頭の中をリピートする。
この星の民は過去を話そうとしない。たとえ話してもつじつまが合わない。そうリュミエールは言っていた。しかしヨシュアは?
違う、あの夜聞いた地図の話はリアルにオリヴィエに届いた。だからこそ、心動かされたのだ。すべてをわかった上で、自分はヨシュアを行かせたいと思った。
そんな過去を持つ…たとえばロボットが…いるのか?
機械が成長する?感情を持って?
「…そんな嘘みたいな…」
見下ろすヨシュアの“寝顔”は安らかだ。これが…機械?
ふと、ベッドの脇に置かれた小さな光が目に入った。見覚えがある、それはあの時のナイフだった。ヨシュアの体を揺さぶった時に、落ちたのだろうか。オリヴィエはそっとそれを手に取った。
「まさか確かめるために、アンタをこれで切り刻むってわけにもね…」
情報があまりにも少なすぎる。もう少しリュミエールから話を詳しく聞いておくべきだった。当然オスカーからも。3人で話し合えば、わかったこともあったかもしれない。しかし今更それを後悔しても遅い。…そう、遅い、気がした。先ほどから強く打つ鼓動、身に染み渡るように広がっていく直感。こうして呑気に物思いに耽っている間にも、何か嫌な気配がどこかで動き出している。そんな予感。
ドアがけたたましく開いた。
「お前、あの時の!!」
見覚えのある顔をした警備兵がオリヴィエを見て叫んだ。このナイフが呼んだかのように、あの時の、あの森で出会った兵のひとりが部屋に飛び込んで来たのだ。思わず舌打ちがもれる。…随分、ドラマチックにいろいろと立て続けに起こってくれるじゃない。
「…少しは考える時間くらいちょーだいっての!」
翻弄されるだけの自分を見て高笑いする運命の女神。そんなイメージを振り払うように、オリヴィエは男に飛びかかった。もろとも床に倒れ込む。ナイフは兵の喉元につきつけられていた。
「ねえ。顔見知りのよしみで教えてくんない?」
軽い調子で、しかし静かに迫力を持ったオリヴィエの声。
「お・教えるって何をだ!」
「アンタが見回ってたあの森。この星の人間が近寄っちゃいけないああいう場所ってさ、他にもある?」
ヨシュアが…いやネリーも、なのかもしれない、とにかく彼らが人間ではないのなら。これだけの“もの”を管理する、それなりの用意が必要なはずだ。こんな下っ端の兵が知ることではないのかもしれない、だが秘密にしたい場所ならなおさら、何らかの壁があるはずだ。この建物の中に。あるいはこの星のどこかに。移動装置のあったあの森のように近づいてはいけない、神経質に気を配らねばならない場所が。
オリヴィエは言った。
「あるでしょ?よ〜く思い出してみてくれない?」
「…………」
兵は怯えた目つきで、部屋にひとつだけある窓を指さした。
「…そこから見える…丘がある。ここを出て北に行った突き当たり…そこに建物があって…それには俺達も近寄っちゃいけないと…」
「へえ…アンタ達まで?そりゃ随分と重要情報。で、何なのその建物」
「知らない!カルロスさんと、専任の警備兵しか」
「専任ねえ、そいつはどこにいるの。今もそこ守ってるワケ?」
「今は丁度いない…嘘じゃない!担当替えの最中で…ウェイツの後は決まってない」
「ウェイツ?って…こないだの…送別会…」
リュミエールが言っていた。ここを退任しても、行くあての無いはずの兵。
男はつきつけられたナイフに身動きできないまま、命惜しさに悲壮に言葉を継ぐ。
「あの場所の担当になるとじきに母星への帰還命令が出るんだ…だから他は誰も知らない、本当なんだ!」
点でしかない情報が、ひとつずつ繋がって線を作る。その線が目指すもの、丘の建物。そこへ行けと何かが導いている。
「わかったわかった。…教えてくれてありがとね。お礼の代わりと言っちゃなんだけど」
重要な情報提供者もまた今までの兵達と同じくみぞおちに肘鉄を思い切りくらい、気を失う憂き目に会った。ため息まじりに体を起こし、横たわるベッドの方向に向き、呟いた。
「じゃあ。もうワタシは行くよ」
答えは当然ない。
「…これ、借りてく。お守りがわりくらいにはなりそう」
オリヴィエは、手にしたナイフをベルトにしっかりと差し挟んだ。
視界に入る窓に、言われたとおり見える緑に囲まれた小さな丘陵。
オリヴィエは部屋を後にした。行く先は一路。そこに何があるのかは、わからない。頼るは直感のみ。
「…ったく何だっての今回。こういうのキャラ違いなんじゃないっ?」
<つづく>