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21

「…全部…。この星全部、なんだ」
 リュミエールを待っている間。オスカーのとりあえずの状況説明に、オリヴィエは驚きでそれだけ言うのがやっとであった。
 作ったカルロスがそれを見張り、そのカルロスを母星が見張る。ここはそれだけしてようやっと保つ、つくりものの…閉じた世界。
「ワタシが知ってたのは、どうやらここが秘密にしたい場所らしいってことと、ヨシュアが人間じゃなくて…もう記憶消されてすべて忘れちゃってたこと、だけだったから…まさかそこまで大きいハナシだとは…」
「…そうか…。まあ…それだけわかってたら十分かもな。情報量は違っても内容にそう大差ないぜ」
「…で、どうする気」
「この星が全部つくりものであろうが、誰の意図でそれが作られようが。力まかせに頭押さえつける、こーゆーもんがあるってのが俺は気に入らない」
 オスカーはそう言って、眼前の建物をもう一度見上げた。
「だから、壊したい」
「そんなカンタンに……それ、確実に『惑星への干渉』になるじゃないさ」
「なるな。でも壊したいんだ俺は」
「…ったく、どの口が言ってんだか。ああまでご立派な意見ワタシにしたのはどこの誰よ」
「そういうお前だってそういうつもりでここに来たんだろう?」
「壊すとか壊さないとかまでは考えてなかったよ!そこまでの話聞いてなかったからね」
「じゃあ…話聞いた今、どうなんだ。俺を止めるか?」
「……いや」
 その時。二人のいる場所の向かい、そう遠くない茂みが動き、人の姿が現れた。
「リュミエール!!」
 揃った大声の呼びかけに、リュミエールも二人に気付く。
「ああ、二人とも……っ!やっぱり来て…!」
 リュミエールがそう言って、茂みから建物を囲む平地を横切ろうと一歩踏み出す。オリヴィエもまた、リュミエールの方へ近寄ろうと歩みだ…した途端。
 見開かれるオリヴィエの瞳。
「…リュミエールっっっっ!後ろ!!!!」
 オリヴィエのそれだけ叫ぶのがやっとというような切羽詰まった怒号。
「え?」
 地を割る轟音が響きわたる。リュミエールがおそろしくゆっくりと…振り返る。そこには…巨大なミミズのような恐ろしい化け物が頭をもたげ天にそそりたって……いた。
 これはデジャヴか?…いや、夢ではない…!
「うっそ〜〜〜〜〜ここにも?同じの?」
「いや違う!」
 オスカーがそう叫んだ途端、かの化け物から弾が連射された。鼓膜をつんざくような爆音とともに、3人の周囲の地面が火花を散らし土埃を上げる。
「これは映像じゃない、実体がある!!」
「それマジ〜〜〜〜〜〜っっっっっ!?」
「良いから伏せろ!とにかく!!!」
 3人がそれぞれ一番近い茂みに飛び込み、その場所で身を伏せる。かの化け物は闇雲にその体の腹の辺りに装備された銃口から連射を続けた後、標的を見失ってか、惑うように大きな頭を回した。
 3人は息を呑む。思えば当然なのだった。このような大事な場所に“ガード”を置かないわけがない。建物を守るように、そそり立つ怪物。しかも最初に出会ったものより格段にレベルが高い。
 緊迫する空間を裂くように、リュミエールの胸元で何かが鳴り響いた。通信機だ。
「パスハ!」
 リュミエールはあまりに頼りなく小さく見える通信機に向かって叫んだ。
「緊急事態です、ここにも“ガード”が!!」
 それだけ聞けばオスカーとオリヴィエがリュミエールの状況を察知するのにはそれ以上の説明はいらなかった。だが、会話までははっきりとは聞こえない。何かこの状況を打破する情報が、果たしてパスハからにはあるのか?
 リュミエールが何かに頷いて通信を切る。
「オスカー!オリヴィエ!!無事ですか!」
「無事だ!そんなことはどうでもいい、コレ、どうにかなるのか!?」
「パスハ、なんか言ってたっ?」
「ええ!額…その怪物の額にあたるところに、コントロール中枢があると。そこに何か衝撃を与えれば、動きは止まるはずだとっ!」
 額?
「額って…コイツの??」
 伏せた状態から見上げると、その巨大さは増して見える。相変わらず“ガード”は標的を探し求めて、その頭を大きく右往左往させている。
「ど・どうやって〜〜〜〜〜〜?」
 絶体絶命といった調子で、オリヴィエが叫ぶ。オスカーがガードに見つからぬようゆっくり木を盾に立ち上がり…“ガード”の額を見つめる。
「いや、何か…何でもいい、武器さえあれば何とかできる。何か無いか、この際、小石でもなんでも!」
 武器?
「あるよ、ある!!ナイフ!!!」
「ナイフ?それ出せ、見せろ!」
 オリヴィエは慌てて立ち上がり、自分の体を探った。
「…無い」
「ふざけんな、どっちなんだよっっっ!!!」
 オスカーが叫ぶ。
「ナイフというのは、これ…ですか?」
 リュミエールが伏せたまま、目の前に転がるものを見てそう言った。先ほどの騒ぎで、オリヴィエが落としはじき飛ばされていたのだ。
「それだーーーーーーーーーー!!!」
 思わず拾いに行こうとオスカーとオリヴィエがそれぞれに一歩踏み出した途端、またも連射攻撃。飛び退くように、元の場所に身を隠すしかない二人。
「ど、どうすんのよ、オスカーっ!」
 必死の形相で、そうオスカーに問いかけるオリヴィエ。オスカーは言った。
「…お前、体重何キロだ」
「はぁっ?気でも違った?オスカー?」
「いいから答えろ!」
「身長180センチ、体重63キロ、股下96センチのスーパーモデル体型よ、なんならスリーサイズも教えようか?」
「それは後で聞いてやる!…よし、それなら何とかなるだろう、あとはタイミングだけだ!」
「タイミング?どういうことよ!?」
 二人の会話をリュミエールの声が遮る。
「オリヴィエ!」
 オリヴィエが振り向く。飛んできたのはリュミエールの声だけではなかった。オリヴィエが反射的にそれを掴む。ナイフ。
「ナイスキャッチ、オリヴィエ!!」
 オスカーがそう言って、続けて叫んだ。
「今だ、俺の肩に乗れ!」
「肩…って、やるのワタシなワケーーーーー!?」
 体は既に走り出す。背を向けてしゃがみ込むオスカーの左肩に手を、右肩に足。オスカーは絶妙のタイミングでありったけの力で立ち上がった。
 オリヴィエの体は軽やかに跳んだ、もとい、勢いよく投げ出された。

 その飛距離は思ったよりも高い。高く掲げた両手、満身の力を込めてナイフを振りかぶる。その切っ先は手応えをもって怪物の眉間に深く突き刺さった。“ガード”はナイフを額に刺したまま、一瞬大きく身もだえるようにその巨大な体をくねらせた。雷鳴のような、断末魔のいななきにも似た音を上げながら、暴走を始める“ガード”。
「やった…!」
 しかし、そう歓喜の声を上げるオリヴィエを支えるものはなにもない、当然オリヴィエの体はバランスを失い…落ちて…。
「っわ〜〜〜〜〜〜〜っ」
「ああっ、オリヴィエ!」
 リュミエールの叫びは同時また響く今までにない爆音によってかき消された。辺りは轟音と硝煙に包まれ、アッという間に何も見えない。オリヴィエも、オスカーの姿も、もうもうと立ちのぼる煙の中に呑まれた。
「オリヴィエ!オスカーっっ!!!!!!!」
 いまひとたびリュミエールが叫ぶ。それは既に悲壮感をともなって空に響く。
 静寂。
 リュミエールの視界、うっすらと次第に消えていく煙の中、思いの外近くに、二人の姿。リュミエールは、安堵のあまりにその場にへたりこんだ。
「…良かった…無事で……てっきりすっかり…私も後を追うしかないかと」
「やめてよ、勝手にあの世行きにしないでくれる、リュミエール。いくらなんでも心中まではしたくないわよ、ねえ?オスカー!」
「…ああ…そうだな…それはともかく…オリヴィエ、いい加減俺の背中から降りろ…っ!」
 オスカーはオリヴィエを背中で受け止めた形で、オリヴィエの体の下に下敷きになったまま、言った。
 ほっとする三人の間をつんざくような電子音。
 我に返ったように、リュミエールが通信機を探る。そうだ、まだ終わったわけでは…、自分達の目的は“ガード”の向こうの…。
 そう思いつつリュミエールは振り返る。そこにあるはずのもの…硝煙の向こう…。
 他の二人も同じものを見ていた。いや、見ようとしたが、それはすでに、無かった。
 リュミエールは通信機に向かって言った。
「…ああ、パスハ…申し訳ありません。…すべては…終わったようです」
 自爆装置であるところのその小さな建物は暴走した“ガード”もろとも、爆発によって…破壊されていた。目の前にあるのは瓦礫の山だった。
「間に合ったようです。ええ…ええ…。おそらくこれ以上のことは起こらないかと…。ええ、3人とも無事です。あなたにもいろいろとご迷惑をおかけしましたね…感謝します」
 では後ほど。そう言って通信を終えたリュミエールに、オスカーは聞いた。
「…間に合ったって、何が」
 リュミエールが脱力を憶えるほど、呑気に見える二人の顔。
「まったく…知らないというのは気楽なものです…」
 リュミエールは息を深く吸ってから、かれこれの事情を話した。明かされる真実に、もういい加減、驚くことにも飽きてきたとさえ思うオスカーとオリヴィエであった。

「しかしリュミエール…それ大丈夫なのか?ほんとに、これで」
 オスカーが怪訝な表情でリュミエールを見る。
「大丈夫、とは?この惑星の破壊については回避されたと考えて問題ないでしょう?こうして今も何事も無くいるわけですし。何かこれ以上、策を施そうにも建物自体すでに跡形もなく…」
「いやだから、そういうことじゃなくって!…これ、壊しちゃったコト、だよ。そんな、パスハまで巻き込んで」
 オリヴィエが口を挟む。
「…………。…ええ。そうですね、確かにそうです。オリヴィエ、そしてオスカー、あなた方の言うとおり……これは守護聖としてあるまじき、聖地にとっても大問題…」
 オスカーが空を見上げて言う。
「だろうなぁ…後からどうにでもなるって、本当にどうにかなるのか怪しいもんだぜ、ここまで大事となると」
「…ですが…オリヴィエ…オスカー…」
 リュミエールの声は震えていた。
「ああ、リュミちゃん、気にしないで!大丈夫、ワタシタチもきっちりフォローするしさ、何とかな…」
 オリヴィエの言葉を最後まで待たず、リュミエールは立ち上がり、叫んだ。
「…誰のせいで!!!!!!こんなことに…なったと……っっ!!?」
 それを合図に堰を切ったようにリュミエールは言い募った。
「誰に何を言われても、あなた方にだけは言われたくありません、そんなこと!あなた方が私が止めるのも聞かず感情に任せて言い争い、あげくそのまま勝手に行方をくらまし…いいえ、そんなことより元よりこの星に来たことだって…だから、だからあれほど言ったのに…どれだけ私が…っ」
「わかった、わかった!ゴメン、リュミエール!」
「すまん、謝る、とにかく謝る!!悪かったっっっ!!!!」
「あなた方の“わかった”など、聞き飽きました!今回ほとほと身に沁みました」
 平謝りに謝る二人を見下ろし、疲労からか怒りからか肩で息をしながらのリュミエール言葉は独り言に近かった。
「わかるわけが…どれだけ…私が………信じているとは言っても………」
「リュミエール…お前…」
「やだ…リュミちゃん…何も泣かなくたって」
「泣いてません」
 とうとう、リュミエールのアッパーがオリヴィエに飛んだ。

 

<つづく>


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