時計を見ると、まだ午後の8時を少しまわったところだった。
ディアの私邸から戻り軽い食事を取った後、オスカーは早々にベッドの上に身体を投げ出した。特別疲れている訳でもなかったが、何をする気持ちにもなれなかったのだ。
先程の出来事に思いを巡らす。随分興奮していた。途中ディアを脅えさせるほどに。自分が何故あのような態度を取ったのか、よくわからなかった。オスカーは炎の守護聖であり、人からは激しい情熱の持ち主と思われているが、自分を失うほどの激情にかられることはあまりない。自制心もまた強いのだ。
ディアに「大人」と言われたが、自分を失って大声を上げるなど到底大人のすることではない、とオスカーは思った。ああいう場面こそ、自制心をもって適切に対処するのが「大人」というものではないだろうか。
「俺もまだまだだな・・・」
オスカーは呟いた。
「何がまだまだなの〜?」
からかうような声が響く。驚き、瞬時に身を起こす。扉の方向を見るとそこには夢の守護聖オリヴィエが立っていた。
「オリヴィエ!なんでお前がそこに・・・!」
「別に、暇だから。炎の守護聖と一緒に夜遊びにでも行こうかな〜と思ってさ。そしたら彼の君はお子さまみたいにお布団に入ってるんだもん、驚いちゃったわ」
「・・別に寝てた訳じゃないさ。まあ、良いところに来た。歓迎するぜ。・・・俺も今夜は何か・・・酒でも飲みたい気分だったんだ」
「いいノリしてるじゃない!・・でも本当に大丈夫?アンタ、結構暗い顔してるわよ?」
「暗い?」
オリヴィエの言葉に意外なものを感じた。ディアとの話も良い結果に終わったし、暗い気分になどならなくてもいい。しかし、確かに明るく浮かれた気分でないことも、また確かだ。
「何かあった?」
オスカーの部屋のソファに腰掛けながら、オリヴィエが聞いた。
「ん・・・あったと言えばあったし、どうという事も無かったといえば無かった・・・・」
「アンタがそういう言い方をするときは、大抵なんかあった時!この夢の守護聖様には何でもお見通しなんだからね。正直に白状しなさいよ〜〜〜〜!」
この夢の守護聖は勘が鋭く察しが良いので、オスカーが少々隠し事をしてもすぐにばれてしまう。今日の出来事を話してみようか。何かどこかですっきりしないこの気持ちにも何か変化があるかもしれない。
思い切って話そうと決意はしたが、どこをどのように話せばいいのか、わからない。少し迷った。
オスカーが口ごもっていると、オリヴィエが言った。
「ああ、もしかして飲みながらの方がいいかな?・・・そうだ、どうせならリュミエールも誘って三人で飲まない?たまにはそういうのも良いじゃない。・・・何だかアタシ一人が聞くの、もったいないような予感がするし。そうしましょっ!!」
思いがけない展開に、オスカーは少々面食らったが、何となく説得された形になってオリヴィエと共に私邸を後にした。リュミエールの私邸に行くまでに、少し整理もつけられる。何やら非常に楽しそうなオリヴィエと共に、オスカーはリュミエールの私邸へ向かった。
外はすっかり闇に包まれていた。何も遮るものの無い、広く澄み渡った空には満天の星々がまたたいている。オスカーとオリヴィエの二人は、リュミエールの私邸に来ていた。誘いついでに腰を落ちつけてしまったという訳だ。リュミエールも嫌がる風でなく、二人を迎え入れ、二階にひらけた広いバルコニーに席を設けた。
「・・・こうして三人で集うなど・・・・久しぶりですね」
リュミエールが穏やかな微笑みで、言った。オスカーが答える。
「そうだな、俺とお前は同期だってのにな」
「あーら、同期同期って仲間外れにしないでよ。ちょっとばかりの差じゃないさ〜。それに今日の主催はアタシよ、ア・タ・シ!」
オリヴィエは口を尖らせて主張する。
「アンタ達、お互いのご主人様が不仲だからってアンタ達まで距離を置くことないんだからね!こうして年が近いもの同士、分かり合えることもあるんだし〜〜〜」
「お前と特に分かり合いたくないけどな、俺は」
「なんですって〜〜〜〜?」
「二人とも、喧嘩をなさるのならすみやかに出ていっていただきましょう。ここは私の家なのですから」
「・・・リュミエール、アンタってばもっとマイルドに仲裁できないわけ?」
三人とも、別に仲が悪い訳ではない。むしろ、お互いのことがわかっているからこそ、歯に衣着せぬ物言いができるのだ。
「乾杯は、オスカーの話を聞いてからにしよう。ま、お酒は随時飲みつつ。じゃあ、オスカー。話聞かせてよ」
いきなり話題を切り出すオリヴィエ。リュミエールも酒宴の仕度を素早く終わらせ、すっかり話を聞く態勢に入っている。オスカーは噂好きの女性達を相手にしているような気分になった。
オスカーはできるだけ簡潔に、事の次第を順を追って説明した。ゼフェルとアンジェリークが、オルゴールを直したこと、そうしてその後ディアの部屋で繰り広げられたオスカーとの会話・・・エリオットとディアの、そのオルゴールに纏わる話などを。
オスカーは酒の勢いも手伝ってか、随分と丁寧に細かいところまで説明した。何か胸にたまったものをすべてこの二人に吐き出したい気分だった。二人は長く続くオスカーの話を、嫌がらず最後まで聞いていた。時折、オスカーが話しやすいように、質問を投げかけたり、補足を加えたりしながら。
3人は年が近い。でも共通項といったらそれくらいだ。その性格や趣味嗜好、考え方は同じとは言いがたい。日頃とて共に行動することもあまりない。オスカーとリュミエールなど、意見の相違の方が多いくらいだ。なのに、ひとたびこういった場面になると、何を言わなくても分かり合えるのは、本当に不思議だ。
ひとしきり話し終え、オスカーは二人の顔を見た。オスカーもリュミエールも、真面目な顔でオスカーの方を見つめていた。その顔を見て、オスカーはこの二人に話しをして良かったと、何とは無しに思った。
「話も一通り聞いたところで、乾杯しましょ。一旦仕切り直しの意味でも」
「では何に・・・?」
リュミエールが問う。
「うーん、そうねー・・・オスカーの失恋を記念して、ってとこかしら?」
「なっ・・・・!?」
夢の守護聖の思ってもみない言葉にオスカーの頬は見る間に紅潮した。とっさに腰が上がり、無意識に剣に手が掛かる。
「誰が誰に失恋したっていうんだ!!!!」
「あらあら怖〜〜〜い!・・・もしかしてアンタ、ばれてないとでも??」
オリヴィエが戯けた調子で両手を上に上げた。
「ディア様ですか?」
「リュ・リュミエール!お前まで・・・!」
こともなげに言ってのけたリュミエールに、オスカーはますます顔を赤くした。
「ああ、心配には及びませんよオスカー。多分このことに気付いていたのはオリヴィエと私だけでしょうし」
「他の守護聖はそういうことには疎いからねえ。・・・でもオスカー、アンタってわかりやすいから、ちょいと気の利かせればわかるわよ」
「・・・・・・・・・」
何も言い返せないオスカー。呆然として頭の中が空白になっている。他の守護聖どころか、オスカー自身がはっきりと意識していないことだったのだ。
(俺がディアに恋していただと?)
しかし、そういうことならば、今日の自分の不可解な行動も理解はできる。でも・・・。
「オスカー、あなた・・・自覚が無かったのですか?」
リュミエールの台詞にオスカーは無言だった。ぐうの音もでない、とはまさにこのことだ。
「嘘!嘘みたい!言っとくけど、アタシもリュミエールも結構前から気付いてたわよ?今日の事がなくたって」
オリヴィエはいかにも楽しそうな笑い声を上げた。
「オリヴィエ、そのように笑っては」
そういうリュミエールも、口はゆるんでいる。
そんな二人を前にして、オスカーは意外にも神妙な表情だった。
宇宙一のドンファンを気取る炎の守護聖が、そんなことに自ら気付かないでいたこと、それが何ともオスカーをいたたまれない気分にさせた。
そして二人のを交互に見渡した。笑ってはいるが、彼等がオスカーをことさらに嘲笑しているとか、もしくは同情しているとか、そういう意味はないのはわかっていた。
「まあ、いいか・・・・」
炎の守護聖は共に笑った。三人は無言のままにグラスを合わせる。かちん、と心地よい音が響いた。
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