リレー小説『踊るサクリア2』19 by 岸田
いつになく寝覚めがいい。 今日は特別な日だ。 しかしリュミエールはいつもと同じように身支度をととのえ、いつもと同じように朝のひとりだけの時間を余裕をもって過ごす。寮生活において、自分ひとりの時間は貴重なものだ。リュミエールは簡素ではあるがこの部屋にだけある、小さなキッチンの前にたつ。湯をわかし茶をいれることくらいしかできないが、それでもこれがあるのとないのとでは大きく違う。他の寮生は、茶をひとつ飲むのにも食堂まで足を運ばなければならない。 寮長などという役目は自分には不向きだと今も思う。がしかし、個室であるという特権は捨てがたい。朝、自分だけのために茶を入れる、この時間のためだけに、東館寮長を引き受けたようなものである。彼はゆっくりと入れたばかりのハーブティを一口飲み下し、窓に目をやった。この時間のために、引き受けなければいけない責任が不意に思い起こされる。彼はふとティーカップをソーサーに戻し、立ち上がった。部屋の隅においてあるものをおもむろに手にする。心地よい重みが腕に伝わる。 争いごとは嫌いだ。 「しかし・・・そうとばかりも言っていられませんね」 「失礼します、リュミエール先輩!」 昨日一日の寮の当番日誌を毎朝持ってくる寮生が、部屋に入ってくるなり目を見開いた。 「どうしました?」 「リュミエール先輩・・・その手にあるダンベル・・・」 驚くのも無理はない。汗ひとつかかず軽々とリュミエールが上下させていたダンベルは、それぞれ「10KG」と大きく刻印されてあった。 今日は一番乗りである。 いつもは時間ぎりぎりに飛び込むこの場所。奥の一室を占領し、シャワーの栓をひねる手に力をこめる。ゆっくりと熱い湯をあびると、みるみる頭がはっきりとさえてくる。上昇する血圧がそのまま身に漲る力のようにオリヴィエには感じられた。 寮生活に特に不満はない。が、唯一難を言うなら、シャワールームが部屋についていないことであろう。館それぞれに寮生共有のシャワー室があり、そこを使うことだけは、寮長であろうが寮生であろうが変わりなかった。いくら南館寮長として学園の生徒会役員として職権を乱用しようにも、この件ばかりは改善されない。それというのも他の寮生、もっと言えば他の館の寮長がこの件に問題を見ていないからだ。せめてあのふたりがこの問題にもっと前向きになってくれれば、事態は変わるかもしれないのに。たとえ大がかりな工事が必要でも、予算が必要でも、そこはそれだ。今までだって、3人がかりで到底通るわけもない条件を学園側にのませてきた。シャワールームだって・・・。 そう。今日勝てば。あの二人を頷かせることができる。 「負けられないわよ〜〜っ!!」 「あ、オリヴィエ先輩の声だ!」 「へ?」 オリヴィエが個室から顔を覗かせると、寮生がいっせいにこっちを見ている。 「な、なによアンタたち!」 「・・・いえ、あのぅ」 言いにくそうにお互いを小突きあう南館寮生。ひとりが意を決して口を開いた。 「オリヴィエ先輩・・・シャワーのお湯、もしかして出しっぱなしじゃ・・・」 「・・・あ・・・」 そう。寮一館の使用水量は決められている。共同生活は節約がモットーだ。 「やっぱり〜〜〜。オリヴィエ先輩〜〜〜他のとこもうお湯出ませんよぅ〜〜〜」 「う〜〜るさいっ!!シャワーなんか浴びなくったって勝てる!大丈夫!!」 「そんなぁ・・・」
寮対抗球技大会の朝、各寮は波乱(?)の幕開けであった。
《続く》
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