リレー小説『踊るサクリア2』30 by WON

 午前中の授業が終わったのだろう。本校舎から少し離れたここ美術室まで生徒の声が聞こえ始めた。
 一段高くなった窓際には、デッサン用の胸像が並ぶ。オリヴィエはその一番奥、少し広い大理石の棚の上で膝を抱えカーテンにくるまっていた。
 ハイボクカン・・・・・・・などと単語にできる生易しい感情では無い!
 何が・・・なにが・・・な・・・
「何がロマンチストですって〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!!!!」
「うわっ!!びっくりした」
「だだだだだっ誰よ!!!?」
「彫刻がいきなり叫び出すなんて、誰だって驚くよ・・・。でもその刹那な美しさを閉じ込めたくて僕は描かずにはいられなかったのかもしれないな・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
 言ってる意味がわかりません・・・ってゆーか、誰コイツ!
「いつからソコにっ!」
「彫刻は何も語らないから美しいんだって今わかったよ・・・クスクス」
「は?」
「失礼、少なくとも君が美術室に飛び込んで来て、そこにうずくまるより先だったね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「僕は暗い美術室の窓際で静かに浮かび上がる胸像をデッサンしていただけさ。君が彼等の中に加わった後もね」
 まじ?いくら怒髪天を貫いていたとはいえ、気付かなかった自分に呆れる。オリヴィエは脱力し、静かに訊ねた。
「誰?アンタ」
「セイラン、という名の何者でもない者」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
 いちいちカンに触るが今は分が悪い。オリヴィエの思考も復活してきた。
 背を向けたイーゼルの間に腰掛けたセイランという男は、左右対称に整い過ぎた顔立ちをしており、それをあえて崩すかのようにアンバランスに分けた青い前髪で少し隠している。シンプルだが既製の布では見ない色合いの服。私達と同じくらいの年令・・・生意気な口調・・・「そういえば私も今日美術室で…」リュミエールの言葉がよぎる。コ、コイツ!!
「アンタも教育実習生?」
「今の肩書きはそうとも言うね。だけど”アンタも”と言われる理由はわからないな」
 今回の教育実習生はどーゆー選考で・・・と天を仰ぎながらオリヴィエは続けた。
「ちょっと、セイランせんせーだっけ?その芝居がかった喋り方って地なの?」
「芝居?あはは、さぁどうだろう?僕は自分自身を題材にしたことがないからわからないな。僕の口調はお気に召さないみたいだね」
 召すかっっっ!!!!!!
 オリヴィエは再度叫びそうになるのをぐっとこらえた。
 これ以上体力を消耗している場合では無い。自分が今ぎゃふんと言わせなきゃならない相手は数学の教育実習生、ティムカせんせーなのである。
 SPまで連れた派手で非常識という”金持ち”ならではの殴り込み(通勤)も気に入らなかったが、決して同じ土俵には上がりませんという教鞭態度!!しかも・・・数学の質問にだけ答えてりゃいいものを、学問に対する探究心・・・いや、成り金には欠けてなきゃならないロマンへの探究心まで持ち出して私の・・・・を・・・。
「逃がさないからね・・・」
「僕を???」
「アンタじゃないっ!!」
 クスクスと笑うセイランを無視して、オリヴィエは窓から飛び下りた。
「キミっ!」
 中二階といっても石畳の地面までかなりの高さがある。セイランは慌てて窓に駆け寄り下を覗き込んだ。が、オリヴィエはもう真直ぐ立って服を整えていた。セイランは安心して声をかける。
「キミの名前とクラスは?」
「せんせーにだけ名乗らせるなんて失礼でしたね。オリヴィエです。それから午後の美術の授業には出れませんから」
「3年生なんだね。モデル料のかわりに出席扱いにしておくよ」
 好意さえカチンとくるな・・・と思いながら「よろしく」と小声で答えてオリヴィエは裏門へと消えて行った。

《続く》


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