「すべては自らに帰ります。誰も何も罰してなどくれない。いいえ、たとえ罰を授けてくれると言われても、それで罪は消えない。そんな罰をただ待つ暇があるのなら・・・罪を抱えたまま前を行きましょう、マニエラ」 飛ぶように背後へちぎれていく風景が、列車の速さを如実に伝える。 「やっぱさーこんくらいのクラスじゃないと!快適快適〜!!」 オリヴィエが満足そうに据えられた椅子にふんぞり返った。 「お前が言ったんだぜ、最新のヤツは味気ないからイヤだーって。なぁ、リュミエール」 「確かに。列車の旅はノスタルジックなほど良いとか、木の内装が暖かいとか」 オスカーとリュミエールが、口々に冷たく言い放つ。 「どうしてそうつまんないこと憶えてんのよ!・・・またケンカしたいわけ?」 いくらこの3人にも学習能力くらいはある。行きがけの険悪な空気を味わうのはもうごめんだった。 「しかし早いな。これならあっと言う間に中央のステーションに着くぜ」 「最初からもっと下調べしておけば行きも・・・・」 オリヴィエはリュミエールの横顔を見て、続く言葉を飲んだ。 「ま、いっか、そんなこと」 最初はほんの偶然。あの列車に乗らなければ、あのコンパートを選ばなければ、本を拾わなければ。この旅のすべてが変わっていた。今見る景色さえ、何もかも違って見えただろう。 オスカーが呟くように言った。 「あのお嬢ちゃん、見送りに来なかったな・・・。最後くらい会いたかった気もするが」 「慌てんぼうだったから、きっと列車の時間間違えたとか・・・大体、知ってたの?私らが帰ること!」 オリヴィエはリュミエールを軽く足でつついた。 「帰ることは伝えましたよ。でも」 リュミエールはオリヴィエの顔を見もしない。 「列車の時刻までは伝えませんでした」 「おいおい、何でだ?自分ばっかり独り占めとは、随分と冷たいな」 リュミエールは横目で二人を睨みとばした。 「あなた方のほうが留守だったのではないですか!!」 憤るにまかせて一気にまくしたてる。 「べろべろに酔って帰ったのは明け方近く。マニエラはあなた達二人にも別れを告げたいと、わざわざホテルに足を運んでくれたのですよ?大体、列車の時刻など、今朝決めたことです。どうやって伝えようがあるんですか!!」 オスカーとオリヴィエは一瞬顔を見合わせてから、リュミエールの怒りに歪む顔を伺うように見る。 「・・・そう・・・だったな。すまん、忘れてた」 「まあ・・・そんなに怒らなくてもいいじゃない・・・リュミちゃーん」 「・・・まったく、珍しく旅になど出ても何も変わりはしませんね、あなた方は。今更怒る気にもなれません。これからもこんな変わらぬ付き合いが続くのかと思うと、ありがたくて涙さえ浮かびます」 「そーゆー嫌味なトコ、アンタも全然変わってないよ・・」 車内アナウンスが流れる。降車の駅が近づいてきたようだ。 「もうそろそろだな。支度始めるか。間抜けな忘れ物なんかないようにな」 「あなたが一番心配です、そのような点においては」 「悪かったな。で・・・お前はどうなんだ?無いのか、・・・忘れ物」 オスカーの問いかけの意味を受け取って、リュミエールは微笑んだ。 「ええ。何も」 ならいい、オスカーは素気なく言った。 思い残すことはもう無い。どころか、今は先を楽しみに待つ喜びすらある。 「ああでも・・・たったひとつだけ」 「何?」 「例の・・・新興宗教。マニエラには偽りと伝えましたが果たしてそれだけで良かったのか・・・少々後悔があります。やはり女王陛下の名の許に行われている悪事を、そのまま見過ごすべきではなかったのではないかと」 リュミエールの沈んだ表情に、残りの二人は顔を見合わせる。 「あー・・・それならねぇ・・・」 「たぶん、大丈夫だ、よな?」 含みある二人のやりとり。何か探られたくないものを隠すように、二人に落ちつきがない。リュミエールは即座に詰問した。 「・・・なんっ・・・・」 彼等の答えに開いた口がふさがらなくなる。 「守護聖だと告げた上で、殴り飛ばしてきた・・・と?」 「いや、偶然なんだぜ?本当に。俺達がメシ食ってる店にちょうどその教祖ってのが現れて」 「なぁんか偉そうにわめき散らして鬱陶しいヤツだったし、こっちもかなりお酒入ってたこともあって・・・ねえ」 悪びれない二人に、リュミエールの声は震えた。 「そんな、そんなことをして・・・」 「そんな顔するなよ、リュミエール。端の関係無い客にとっては単なる酔っぱらいのケンカだっただろうし、教祖ご本人にはよーくお灸据えておいたからな、万事オッケーだ」 「まあ、私達がホントの守護聖だって証明するもんは何もないけど、こういう事って後ろ暗いことやってる本人には不思議とわかったりするもんだよねー」 「正義は必ず勝つ!・・・なんてな」 二人の馬鹿笑いがコンパートメントに響いた。 リュミエールはそれ以上を言う気がそがれ、脱力し窓辺にもたれ掛かる。 ガラス越しに外を見やる。容赦ないスピードで、風景が二度と見えぬ後ろへちぎれ飛んで行く。時も出逢いも想いも、すべてをともに。 時折不意に止まることはあっても、けして引き返すことなく前へ進むことしかないこの乗り物は、どことなく人の生に似ていると、彼は思った。 列車ががくんと速度を下げる。停車駅の間際に来たようだ。彼は窓を少しだけ開けた。すうっと心地よい風がすべりこみ、彼の頬、耳、髪をかすめすり抜けていく。 長くはあってもけして戻ることは無い自分の時間。再びあのように人を強く求める時が来るだろうか。 もし来るとするなら、心地よく、途切れることない、この風のようであればいい。 彼は目を閉じ、穏やかに微笑んだ。
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