暗闇から手を伸ばせ             最終章

 オリヴィエとリュミエールは王立研究院にいた。時には立ち上がり、また座りこみ、かわるがわるに落ちつきがない。
「ちょっと!いつまで待たせるのよ」
 オリヴィエは、いたたまれずに困り顔を張り付かせている研究員に言った。
「オリヴィエ、八つ当たりはいけません」
「だって!さっきからもう随分経ってる。そんなに次元回廊ってば大渋滞してるっての?アタシ達以外に誰が使ってるっていうのさ」
 何故か腹が立って仕方がない。
 この腹立ちの責任は取ってもらうからね、オスカー!
 そのためにも一刻も早くルベリに行きたいオリヴィエだった。

 そこへばたばたと慌てた音を立ててもう一人奥から別の研究員が入ってきた。
「オリヴィエ様、リュミエール様、お待たせしました。たった今オスカー様がお戻りになりましたので、次元回廊の準備をすぐに・・・」
「ああ、やっと・・・・ってアンタ!今なんて言った?」
「オスカー様がお戻りに・・・」
 オリヴィエの大声にびくつきながら彼は答えた。
「!」
 二人は思わず立ち上がった。勢い振り返ると、丁度オスカーが扉から現れたところだった。少し驚いたような顔をして、アイスブルーの瞳が見開く。
「お?・・・なんだ、まさか・・・あの時からそれしか時間が経っていないのか?」
 彼の呑気な台詞に二人は一気に脱力する。
「そんっっな訳ないでしょ!!」
 オリヴィエの語気には強いものが混じっていた。リュミエールも眉を寄せる。
「すぐ戻ると言ってなかなか戻らぬあなたを・・・」
「連れ戻そうとでもしてたのか?・・・相変わらずおせっかいなことだな」
「アンタってどうしてそうムカつくことしか言えないの!」
 オスカーを睨み飛ばすオリヴィエ。映る、どこか覇気のない彼の姿。それ以上言う気がそがれた。リュミエールも同じことに気付いたようだった。
「いささか・・・疲れて・・・」
「そんなことはない、大丈夫だ」
 思わず心配気な顔をするリュミエールに、オスカーはきっぱりと言い放つ。
 オリヴィエはやれやれと肩をすくめた。
「こーいうやつが一番たちが悪いんだよねーえ。大丈夫大丈夫って言ってる間にいきなりぶっ倒れたりして」
「ご心配は痛み入るが、それこそいらぬ世話だ。俺が倒れるなんてことがあったら天地はひっくり返る」
 その自信過剰が心配の元であることを少しもわかっていない。
「行ったり来たりばたばたやってたら、少しは疲れるのも当たり前。いくらアンタが化け物並みにタフでもね」
「オリヴィエの言う通りです。過信はいつか身を滅ぼしますよ」
「わかったわかった。疲れたって言えば良いんだな?」
「ガキ!」
「ガキで結構」
 くだらない応酬に、聖地に戻った実感を一番に感じるというのも情けない気がするオスカーであった。

「あ、そーいや。そこのガキに言っておくけど」
 オリヴィエの言葉を先取るオスカー。
「ああ、バレてるんだって?すっかり。向こうを出るとき、差し出がましい真似をしたと平謝りされたからな。既に承知だ」
「お気の毒に・・・」
 リュミエールは心底ルベリの分院の者達に同情をした。
「謝るのはアンタのほうなのにねぇ。アンタが条件破って身勝手なことするから」
「破ってないぜ」
「え?」
 二人は同時に聞き返した。オスカーは事も無げにくり返した。
「お前らの出した条件を、破っていないと言ったんだ」
 忘れることへの一歩目だった。そのためにはいくらでも敢えて嘘吐きになろう。

 ふと見るとオリヴィエとリュミエールが目を丸くしている。逢わなかったと言ったことが彼らにとっては到底信じられないことらしい。
 どうせ俺には信用がないぜ。オスカーは心の中で一人ごちた。
 三人は並び、王立研究院の廊下を歩く。どこかですでにあった光景だ。彼らは口々に問いを投げかける。
「それじゃあ・・・・どこ行ってたの」
「まさか本当に道に迷っていたとでも?」
「・・・・そんなところだ」
 思わずあっけにとられて足を止める二人。オスカーに会う寸前まで、彼らの顔に浮かんでいた重い色はすでにどこへやらと消し飛んでいた。
 人の気も知らないで、道に迷っていたって??
「マジ?・・・・ま・間抜け〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
 一瞬の沈黙の後には、腹を抱えて笑い転げるオリヴィエの姿があった。
「そう報告したときのジュリアス様が見たいものです。きっと呆れて絶句される」
 リュミエールも堪えきれずに吹き出している。

 オスカーは少しだけ大股になり、彼らの先を行って外への扉を開けた。眩しい光が瞳を貫く。
 道に迷う。迷って迷って、あげくの果てにたどり着いたところは、ここだ。自分自身が決めた居るべき場所。幸福と退屈に溢れた美しい景色。
 嘘も真実も。幸福も不幸も。この世を巡るすべてのことは裏と表を公平にくり返しながら回転する、はじかれたコイン。
 表か裏か、これは賭だ。その回転が止まる時、どちらが上になっているかは神のみぞ知ること。俺は目を皿のようにしてチャンスを待つ。自分に有利な一瞬を見逃さないように。時間はたっぷりある。まだ回り始めたばかりなのだ。どうせ答はすぐにはでない。

 未だ笑いを噛みしめている二人を振り返る。
「そうやって笑っとけ」
 そう言い捨てるその顔が誰より笑っていたことを彼は知らない。

 
   (終)


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