翌日。オリヴィエの言ったとおり外はすっかり晴れて、昨日までの激しい吹雪はやんでいた。しかし、さほど景色の印象は変わらなかった。白い。外には何もないのだ。どこまでも続く氷原。晴れた空、とは言えそこには見慣れた青空はなく、昨日までのグレイの空がきわめて薄い青の混じった白、に変わっただけだ。しかし、今日は外に行ける。はっきり言って探査基地の中での生活に飽き飽きしていたアンジェリークは、それだけでもう顔がゆるむのだった。
「さて。晴れているとは言え外は寒いのよね。うふふ、やっとこの可愛いコートが着れるのね〜!嬉しいな〜〜!!」
「なーに浮かれてんの、アンジェ!」
振り向くとオリヴィエがいた。
「あ、オリヴィエ様、おはようございます!今日は外の調査ですよね。・・にしてはいつもの格好のようですけど・・・・」
アンジェリークは、昨日までの服装と何ら変わり無いオリヴィエの様子を見て、少し怪訝な表情を見せた。オリヴィエはこともなげに言った。
「あ、別に外には出ないから。小型の飛空艇で上空を飛んで、下の細かい様子はモニターで見るの。一応星一個の様子を短期間に調べるのは、徒歩じゃ無理だよ」
「ええええええ〜〜〜〜?そうなんですか〜〜〜〜!」
アンジェリークはがっくりと肩を落とした。じゃあ、何のためのコートなのよ・・・。単にオリヴィエ様が女王陛下のお金でお買い物したかっただけなんじゃあ・・・・。
「何か言った?アンジェ」
「いえっ!なんでもありません!・・さっ行きましょう!!」
狭い飛空艇の中には、オリヴィエとアンジェリーク、そして飛空艇の操作と調査をこなす探査チームの研究員がふたり乗り込んでいた。結構な圧迫感ではあったが、調査のための機械もぎっしり詰め込まれているし、贅沢は言えない。
飛空艇は、少し上空を飛んでは定期的に着陸し、何やら写真を撮影したり、土や雪を採取したりししているらしい。その度に細かなデータがコンピュータから吐き出され、それをアンジェ以外の3人は難しそうな顔をして解析している。
相変わらずここでも、とりたててすることのないアンジェは、窓の下に目をやった。
(ここにも森があるんだ・・・・)
探査基地のある場所は、本当に氷原の真ん中で木の一本すら見えなかった。でもこうして少し離れたところには、森や湖もあるらしい。眼下に見える、黒い針葉樹の群。それは白いシーツにできた染みのように見えた。不吉なイメージ。
と、急に、それぞれの席に設置されたモニターに、その森の様子が映し出された。アンジェリークは心の中を読まれたのかと思い、一瞬ぎょっとしたが、それは単純に調査の順番だった。
上空からではわからなかった森の様子が拡大されて細部まで映し出される。モニターを見た4人は顔をこわばらせた。さすがに難しいことはわからないアンジェリークにも、その森の様子が尋常でないことは、一目でわかった。
「お・オリヴィエ様!?これって・・・・」
大きな瞳をなおのこと見開いて、彼女は横の守護聖の顔を見た。オリヴィエもまた、日頃冷静な彼には珍しく、やや動揺の色を浮かべていた。
「立ち枯れて・・・いや、そのまま腐ってるみたいだね」
葉が落ちている訳でなく、遠目には何ら変哲もない姿だが、近くによって見ると、それは邪悪に黒々と、あからさまに死の匂いに満ちていた。
「地中の根の先、枝葉の先まで同じようです。この森のどこにも生物は確認されません」
研究員のひとりが青ざめて言った。オリヴィエは既に冷静さを取り戻していた。
「マルセルのサクリアが届いてない・・・。リュミエールのもね。いや、その二つに限らないかも。すべてのサクリアのバランスが崩れているんだろう・・・」
「そ、そんなことって!女王陛下は日々守護聖様方のサクリアを宇宙の全てに満ちるようにと・・・」
そう言いかけて、アンジェリークは気付いた。他の3人の様子が、驚きつつもこの事態を予測していたということに。そしてこの調査の意味を。そして・・・・。
(私はなんでここにいるの?そうよ、『次期女王選出のための女王候補』だからだわ・・・・!女王陛下のお力の限界は・・・・・もうここまで・・・・・)
「オリヴィエ様。私・・・・!」
「気付いたようね、アンタも。この調査の本来の意味。伊達に女王候補じゃないってことかな」
目の前の美しい守護聖は、力無く微笑んだ。
「この事態はデータ上で大方の予想はついていたんだ。実際目にすると少々ショッキングだけどね。・・・これはもう復活できないところまで・・・来ているようだねえ・・・」
「復活できないって・・・、この星はゆくゆくはこの森のように死に絶える運命だってことですか?そんなの・・・この森のことだけかもしれないし!」
アンジェリークは、問い返した。感情的になっている場面ではないということが彼女にもわかっていた。出来うる限り平静を保とうと努力する。しかし声はどうしても震えてしまう。
「そうね、この森だけかもしれない、今は、ね。でも、時間が無いの。奇跡を待っているわけにはいかない。この星のすべてが死に絶える前に、やらなきゃいけないことがたくさんあるからね。星にも寿命がある。私の役目は女王陛下にこの状況をありていに報告することだけ。最悪、”寿命”を待たずに陛下によって手を下していただくことになるかも」
「・・・そんなっ!だってオリヴィエ様の故郷なのに・・・・?」
「故郷だって永遠じゃない」
オリヴィエはぴしゃりと言い放った。その声はけして荒々しいものではなかったが、アンジェリークはびくりとして、黙った。彼女の目には涙が浮かんでいたが、泣いてすむ問題ではない。
「基地に戻ろう」
オリヴィエはそう言ったきり、その後誰とも一言も口を聞かなかった。
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