小説『薔薇色の日々』              05

とにかく、鍵を見つけることが最重要だ。頼んだぜ、オリヴィエ。

「そりゃそうだ、ごもっとも。・・・なんだけど〜」
 オリヴィエはオスカーの言葉を思い出してひとりごちた。
 あれから数日。マーゴットの目を盗んでは、宝石箱やらクローゼットの奥やらその他考えられるところは随分と探した。自分には泥棒の才があるのではないかと思うほど、高価稀少な品々を探し当てても・・・目的の物だけがない。本当にここにあるのかと疑ってもみた。が、そう皆に報告するのもしゃくにさわる。
「とりあえず・・・・今日も行ってみよっかー」
 重い腰を上げてオリヴィエは客室を出て、マーゴットの私室への廊下を歩き出した。目的の扉をノックしてから返事を待たずに開ける。
「マーゴッ・・・」
 その人影は、窓際に寄せたカウチにゆったりと身体を預けながら窓の外の空を見つめていた。時折横切る鳥の姿に視線だけが動く。オリヴィエが部屋に入って来た気配にすら気付かない、少女のような瞳をしたマーゴット。
 たぶん恐らく本人の決めた嫁ぎ先ではなかったろうこの地。しかしもう、生まれた場所より長く見慣れてしまった筈の景色。それをこんな表情で見つめることのできる人。彼女は夢を見ている。ここへ来る前から、そして今もずっと・・・同じ夢の中。
「この寒いのに開けっ放し・・・窓から何かやってくるの?お姫様」
 オリヴィエの声に、ゆっくりと振り返る。
「あ。あら・・・オリヴィエ。いつの間に」
 オリヴィエはにっこり笑って、彼女の横に腰を下ろし、先ほどマーゴットの視線が漂っていたあたりを同じく見る。
「白馬に乗った王子様でも来るかな、空飛んで」
「まあ、それならもう来ているわ、あなたという素敵な王子様」
「なのに『あら、いつの間に』ってのもねぇ」
「いやだわ、気を悪くしたのならごめんなさい。・・・・それよりせっかくあなたが来てくれたんだもの、もっと楽しい話をしましょう!」
 彼女はおもむろに立ち上がった。
「こないだあなたがいろいろアドバイスしてくれたドレス、出来上がってきたのよ」
 今日もこのままお洒落談義で終わるのか。さしものオリヴィエも、飽きてきている。そろそろ展開が欲しい。彼はマーゴットが席を外している間、部屋を鋭く見回していた。
 着替え終えて戻ってきた彼女の声で素早く視線を戻す。
「オリヴィエ、どう?」
「いいんじゃな・・・あ・れ?」
 オリヴィエはある事に気付いた。
「それ・・・ワタシが描いたデザイン画と違うじゃない」
「え?そう?それほど・・・」
「違う違う、だってワタシ、胸元開いてるデザインの方が似合うと思って」
 マーゴットのオレンジ色のドレスは、しっかりと顎下まで衿の詰まったものだった。
「あ、ええ、だって・・・私もう若くもないし・・・あまり肌を出すのはどうかと」
 恥じ入る仕草を見せる彼女を、オリヴィエは舐めるように眺めた。
「・・・そういやマーゴットっていつも衿詰まってるドレス、着てるね」
 彼はおもむろに立ち上がり、ゆっくりとマーゴットの側へ歩み寄った。
「でも、それじゃ意味ないよ、マーゴット。何事も冒険って言ってるじゃない?」
 その声は少しばかり低くなっていた。


鍵はワタシの担当だけど、リュミちゃんのやることが無くなったわけじゃないよ〜?引き続き、ヨ・ロ・シ・ク!!

「とはいえ・・・」
 リュミエールはオリヴィエの言葉を思い出してため息をついた。
 あれから数日、オリヴィエから色よい報告は無い。アンリもいろいろ動いてもいるようだが進展は見られなかった。空はまるで心を映すかのように、先ほどから急に厚く重い雲で覆われている。
 くだんの領主はリュミエールのそんな心中を知る由もない。
「どうだ、その竪琴の調子は」
「え、ええ、とても上等な・・・素晴らしい一品です」
「絵を描く上に竪琴も、とは多芸な男だ。羨ましい」
「いいえ、私など・・・本当に手慰みの域でしか」
 趣を変えて音曲などどうかと提案したリュミエールに、ガストンが随分と喜んですぐさま取り寄せさせたこの竪琴。久々に触れる弦に、やはりどこかリュミエールも心安らぐような気がする。
「さて・・領主様には何か・・・思い入れのある曲などはございますか?要望にすべてお応えできるわけではありませんが、もし・・・」
「そんなものがあるように見えるか、この我が」
「・・・人は一概に見た目で判断できぬもの」
 リュミエールは微笑む。ガストンも笑っていた。
「まったくな。そなたなど女と見間違うほどの姿でありながら、そうして食えないことを言う。今までにない類だ。そんな男の爪弾く楽の音がいかなものか、そちらのほうに興味があるな」
 ガストンはそう言って、深々と椅子に座りなおし、目を閉じた。
「かまわん。好きなのをやってくれ」
「かしこまりました」
 部屋に流れる繊細な音色。両手は時に早く時にゆっくりと、旋律を奏で曲を綾為していく。リュミエールはひととき雑事をすべて忘れ、すべての神経を指先に集中させた。
 最後の一音を確認するように一時間をおいて、部屋に強い拍手が響く。
「いや、素晴らしかった」
 リュミエールは軽く頭を下げた。
「我はこうしたことに慣れぬ、うまい言葉が見つからなんだが・・・実に良かった。リュミエール、そなたの才に感服するぞ」
「私以上の弾き手などいくらもおります。領主様は今までかようなものに興味がおありにならなかったから物珍しいだけでございましょう」
「そういうものか」
 ガストンはふと真顔になり、静かに言った。
「・・・まったく我は今まで何を見聞きしていたのだろうな。我欲の為、この地の境界線を外に押し広げる為だけに、日夜馬を駆り人を散らし踏みつけにしている間に見過ごしていたものの、何と多いことか」
「・・・・今からでもけして遅くはありません。そのことに気付かれただけでも」
「ああ、これがそなたの言う内なる声、というやつか」
「その通りです、領主様」
 話題が丁度良い方向へ傾きだしたことを、リュミエールは内心喜んだ。
「そうしてひとつづつ己を隠す様々な芥が取り除かれ、真に望むものの形が見えて行くはずです、領主様。まずは内なる声に素直に耳を傾けることが大切です」
「ああ、それなら・・・楽の音を聞きながら・・・ひとつ明確になった望みがある」
「何かと問うてもよろしいですか?」
「そなたが聞きたいと言うのなら」
 そう言ってガストンは立ち上がった。
 この状況は・・・・・・。
 リュミエールの背筋に嫌な予感が走った。


「一雨きそうな雲行きだ」
 オスカーはそう、横のアンリに言った。さしてかわりばえのしない日々の報告を、彼はわざわざ馬場まで足を運んで伝えにきていた。
「また、嵐になるかもしれないですね、あなた方がこの城に来たあの日のような」
 ・・・・・・・。
「どうしました、オスカー」
「いや」
 オスカーは振り返り、遠く二人のいる居城を見やった。オリヴィエからもリュミエールからもあれから連絡はない。連絡が無ければあいも変わらず自分は馬の世話しかすることがなかった。待ちの態勢も、いい加減限界だ。
「こんな天気でなけりゃ、若様と遠乗りというのも悪くないと思ったんだが」
「きっと気持ちがいいでしょうね。私もあなたのように馬が思いきり自在に駆れたら」
「え?」
「私は・・・体が弱くて」
「あ、・・・ああ、そうなのか?それは・・・知らなかった。良い馬が揃っているからたしなむものと。すまないことを言った」
「いえ。私も特に言いませんでしたから。この馬達は今はもっぱら馬車専用です。もしよろしければオスカー、あなたがいる間だけでも彼らを思いっきり走らせてやってはくれませんか?かまいません、自由に使って」
「ああ、それなら心配には及ばないさ。これだけ広い馬場だ、ヤツラ十分に自由にしてる、さして酷使もしない理解溢れる馬主だし」
「はは、もっとも」
 アンリは笑った。
「・・・ヨハン爺が感心していました、あなたが来てからというもの、見違えるように馬の毛づやが良くなったと。・・・細やかな心配りに感謝します」
「ははは、細やかな心配り、か。そりゃあいい。リュミエールとオリヴィエに聞かせたいぜ」
 不思議そうに見るアンリにオスカーは少々皮肉めいた口調で続けた。
「俺はそういう評価だけは受けたことがないんだよ、今まで」
「それは・・・あなたの真の姿を知り得ない、と言いたくなる。オスカー、あなたは実に繊細な方なのに」
「素直に褒め言葉として聞いておきたいが・・・」
 オスカーの眼がひときわ鋭い光を放ち、目の前の青年を見据えた。
「そこまでチェック入れられてるって状況のほうが気になるぜ、若様」
 それまで穏やかだったアンリの表情が一瞬強張ったのをオスカーは見逃さなかった。
 馬場に通う回数もここのところやけに多いと聞いている。その上話すことと言えば、さして出向くこともない両親の城に来た客と、単なる一介の使用人の雇われた日が同じなどという些細で、だが敢えて知ろうとしなければあまり知る理由もない話。何より馬に乗れぬほど身体が弱いと言いつつ、この青年には、あまりに身のこなしにスキが無さ過ぎた。
「顔色が悪いぜ?」
「ど・・・どういう意味です」
「繊細だから思わずよけいな気遣いしちまう、とでも言えばいいか?」
 アンリはうなだれたまま、顔を上げない。
「俺は歳が近いってだけで、友情は湧かないんだ。特に底の浅い嘘つきまくるヤツなんざゴメンだ」
「私は・・・」
「今からでも遅くないぜ?有り体に言えば、随分甘く見てくれたことも不問にしてかまわない」
 オスカーは声をいっそう低くして言った。
「いったいどういうつもりだ」

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