「きーっと来てくれると思ってたーもう、頼りになるー!!よっ!炎の守護聖様は宇宙一の良いオトコ!!・・・ってアレ・・・どしたの肩で息しちゃって」
「え?体力への過剰な自負だけが売り物のオスカーが?」
そう言って駆け寄るリュミエールに、思わずオスカーは寄り掛かり、身体を預けてしまうほどであった。
「オマエらな・・・鞍無しの暴れ馬で・・・嵐の中を落馬せずにここまで来て・・・なおかつ・・・何人ぶちのめして・・・ここにたどり着いたと思ってんだ・・・っ!!さすがに俺だって・・・疲れる・・・・」
いつもの憎まれ口をきく声も、既に絶え絶えである。ところどころ、小さくではあるが血の染みも見てとれた。さしもの二人も青くなった。
「大丈夫ですか!オスカー、オスカー!!」
「ちょ。ちょっと!まだ倒れるのだけはよしてよ?アンタ無闇に図体でっかいんだからー!」
「そこまでじゃない・・・少し・・休めば・・・」
「もう喋らなくて結構です、オスカー!」
「とにかくここにいちゃヤバい、どっかで一度態勢を整え直さないと」
「オスカー、今少し気持ちを確かに。とりあえず私の肩に!!」
身の丈が2メートル近くもある男を支えながら、長く急な石段を上るのは二人がかりとはいえ容易ではなかった。しかしそう遠くなく、向こうも再度の建て直しをはかってくるのは見えていた。
「ここまでやって・・・地上に出たとたんホールドアップ!ってなったら泣けてくるねぇ」
「それじゃ・・・俺が来た意味が無いじゃないか・・・」
「不吉なことを考えるのは止しましょう。たとえ望むものが途方もなく遠く感じられても、私達に今できることは己を信じることだけ」
らせんを描くこの石段のように。前は見えなくとも上っている限りは進む。立ち止まらずにいれば、たとえそれが恐ろしく緩い速度であっても、元いた場所より進んでいる。
「いいね〜え、その前向き!リュミちゃん、いろいろあって開眼したんじゃない?」
「あなた方の影響、とでも言っておきます」
「お前等、何か余裕だなぁ・・・今まで良いモン食ってたせいか?」
「そーゆーオスカーも、大分復活してきてるよーん!その調子その調子!」
ふと、3人は同時に足を止めた。目の前の石段が、二手に別れていたのだ。一方は暗く一見見落としそうになるほどだったが、確かに先は続いている。
「下りて来たときには気付かなかったな」
「どうする?コレ」
「たとえ行き止まりでも、目はごまかせるかもしれません。どこかに繋がっているなら・・・」
3人の意見は一致した。
迷っている時間などない。信じるべきはこの直感だけ。そして想いを同じくする、この仲間だけ。守護聖であるとか、聖地の命であるとか、そんなことは既に頭から消えている。今はただ、この身の自由を阻むものに打ち勝つことだけが、彼らの目指すものだった。
「まだ見つからないのか?!まだそう遠くへは逃げ仰せてはいまい、探せ!」
報告に来た城の者達は、その怒号におののき、散り散りになって部屋を出ていった。
「アンリ・・・そんなに大声で・・・」
いきり立って激昂する息子など、初めて目にするマーゴットはおろおろするばかりだ。
「単なる盗人なら・・・このまま放っておいても」
「母上!母上はあれだけ侮辱を受けておきながら、まだそのような諌言を!」
「でも・・・鍵だってもう戻っているのだし・・・」
「賊は妙な力さえ使うのですよ?また再び、どんな手を使ってくるかわからないではないですか!!」
アンリの背後から、低い声が響いた。
「・・・・ならば火をつければいい」
「父上!?」
「あんな塔の中にあるものなど大したものでもない。今までとりたてて頼らずとも我が家は十分続いて来た。それでもお前がそこまで言うなら、先手を打って火を放つなり、手はあるぞ。丁度落雷で開かずの扉も壊れたことだし」
ガストンの静かだが力のある言葉に、アンリは即座に反論できなかった。俯いて、何やら悔しげに歯がみをする。
「・・・・私も外へ参ります。失礼!」
ヒステリックな足音を響かせながら、彼は部屋を後にした。部屋には領主夫妻だけが残された。
「まったく・・・あれではまだ跡を取らすのは考えものだな」
ガストンは椅子の背もたれに深く寄り掛かった。マーゴットの表情も沈む。
「長く我が子を見ていなかったことを今後悔しています・・・人の親として恥ずべきこと・・・」
「ならばこれからだ。悔いて終わりにするわけにはいかん、人の親なら、我が子のことなら」
言いながらガストンは思った。・・・これが内なる声か・・・?
ガストンはおもむろに言った。
「しかし驚いたぞ、マーゴット。そなた、まだあの鍵を持っていたなど。とうに捨てたかと思っていた」
急な話題転換に、マーゴットは顔を上げ、夫の顔を見る。ガストンは口の端を上げた。彼にとってはそれが最上級の笑顔であることを、マーゴットは遠い記憶から思い出していた。マーゴットも微笑んで答える。
「あなたが私に最初に下さったものですから。大切なものだとその時はお聞きしましたし」
「その時は、とは?あれは我が家に伝わる家宝の鍵だぞ」
「・・・つい先ほどは火をつけてしまえ、とおっしゃってましたわ」
そう言いつつも責める口調ではなかった。二人ははからずも同時に窓の外に視線をやった。雨は既に上がっている。
「そなたは中が何か知らないんだったな」
「ええ。あなたはご存知ですの?」
「先代がまだ若い頃、さる高貴な客人が礼の代わりにと置いていったものと聞いた。我もまた若き頃中を見たが、別段高価な宝物などではないのだよ。ただ持っていたところで、価値は無い」
ガストンは言った。
「あれはむしろ・・・失われる時にその力を発するものだ。アンリがかようにあれにとらわれているのなら、今がその時と決めても先代は怒らんだろう」
「ねー・・・・いつ終わるのよ、この階段!」
「いくらなんでも、こんなに深くは無かったですね、あの地下牢は」
「行き止まりでもなけりゃ、出口も無いとは妙な話だ」
どう考えても、地上の高さは越えている筈だった。しかし3人の目の前には同じ石段が繰り返し現れるばかり。いったいどこへと続く石段なのかさえわからないまま、しかし上るしか手だてはない。再び黙って足を進める3人であった。
ふと、上方からすうっと風のようなものが吹き込んできた。
「出口だ!!!」
そこはさして広くない、殺風景な、部屋とも呼べぬ円形の場所であった。ここは・・・あの塔の最上階ではないか!まさかここに繋がっているとは。
「どうりで・・・なかなか階段は終わらなかったはずだ」
「では、あれが・・・あの箱が」
リュミエールの指の先には、大振りの衣装箱程度の大きさの、埃を被った箱がある。
「ワタシタチをとーんだ目に遭わせてくれた例の宝箱、ってことになるねえ」
3人は箱に歩み寄った。
「なんだ、こんなもの壊そうとすりゃ壊せるんじゃないか?鍵鍵って大騒ぎしたわりには・・・」
しっかりとした造りではあったが、別段特別とも思えない。ついている鍵など、箱の大きさには似つかわしくないほど小さなものだ。
「もしかして、サクリアの力で封じてあるとか・・・鍵が無ければ開かぬように」
「はは、何のサクリアよ、それ!頑固のサクリアとか?力自慢のサクリアとか〜〜〜」
サクリア、という言葉の響きが酷く懐かしく、新鮮に3人には聞こえた。それは、初めてだが既に知っている、デジャヴを見る時のような感覚であった。
今の自分の存在理由。自分達を結ぶ唯一の共通点。この力を授からなければ出会うこともなかった自分達であるのに、忘れていたとは酷い話だ。そんなことは誰も口には出さなかったが、3人ともに同じことを思っていたらしい、彼らは同時笑った。久々に戻る笑顔であった。
「しかし、気軽に持ち出すにはでかいな」
「本当に。開けて中をあらためることができれば・・・中身だけ持ち出すということもできるのに」
「あ〜、もうっっ憎ったらしい!!ワタシが苦労してゲットした鍵をーアイツー!!」
オリヴィエはそう言って舌打ちした。
「鍵ならここにありますよ」
その声に一斉に振り返る3人。
手に持つ松明に顔を照らされ、薄暗がりの中に顔だけはっきり浮かび上がる。アンリであった。
「まったく、諦めの悪いこそ泥だな。どこをどうやってここまで入り込んだのか知らないが・・・」
「アンタこそ」
オリヴィエが一歩前に出て鼻で笑った。
「恐いんでしょ〜。アナクロなもん持ってカッコつけてご登場のわりには、なーんかロレツ回ってないわよ!・・・だっさー」
「う・うるさい!!!」
慌てて手で口元を隠すアンリに、オスカーが気付いた。
「あ?もしかしてさっきのか?すまんすまん、少々勢いつきすぎて」
「何ですか、オスカー。さっき、とは」
リュミエールが呑気に聞く。
「いや、さっきコイツの顎、思いっきり蹴っ・・・」
「黙れ!!!!!!」
その大声も力が入らず間が抜けた響きで、3人は思わず吹き出した。その様子にアンリはいきり立つ。
「随分余裕だな。こっちだってひとりじゃない、すぐに手の者だって来るんだ」
3人はわざとらしく、呆れたようなため息をついてみせた。
「だろうなあ・・・そういうとこ抜け目無いのがいかにもお前だ」
「アンタってさぁ、いじめられるとすぐ親とかに言いつけるタイプでしょ」
「計画性があるのは良いことですが、あまりに過信すると不測の事態に対処できないという短所も」
大きく頷き合う3人。アンリは我を失って激昂した。
「負け惜しみは醜いぞ!不測の事態?そんなものは・・・」
途端、アンリはその場に倒れ込んだ。軽やかな身のこなしで、オリヴィエが足をすくったのだ。
「アンタ、オスカーしかチェックしてないから・・・ムカつくんだよね!」
「かあっこい〜、オリヴィエさま〜!」
オスカーはオリヴィエの背後で小さく拍手さえしている。リュミエールがそっと歩み寄り、手を差し伸べる。
「大丈夫ですか?・・・こうしたことが不測の事態、というものです。お気をつけなさい」
リュミエールはにっこりと笑って、彼の首から瞬時に鎖を引きちぎった。
「うっ・・・!!」
あっと言う間に鍵を奪われ、呆然と床にへたりこむアンリであった。どうやら転んだ時にかなり強く腰を打ちつけたらしい。彼はすぐに立ち上がることができないでいるらしかった。
「わぁ〜リュミ様もステキ〜〜力持ち〜〜〜」
「・・・オスカー、あんた何でオカマになってんのよ」
「いや、なんか今回やることないからお前の真似してみた」
「ぜんっぜん似てないわよっっ!!」
「オスカー、オリヴィエ・・・そこまで時間はありませんから」
二人をたしなめ、リュミエールは箱へと再び歩んだ。素早く鍵穴に鍵を差し込む。簡単に蓋は開いた。のぞき込む3人の目に映ったもの。そこには子供の頭ほどの大きさの、球形のものが詰め込まれている。導火線のようなものも見えた。
「・・・・爆弾?」
実に意外な結果であった。
「これのどこが、お礼の品なのよ」
「意味不明だな」
「・・そんなことより、オスカー、オリヴィエ・・・・っ!」
リュミエールは思いきり二人の腕を掴んだ。
「燃えてます!松明の火・・・燃え移って・・・っ!」
「なに〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
アンリが倒れた拍子に、近くにあったものに燃え移ったらしい。火の手はまださほど勢い無いが、目の前の物が物だった。彼らは床に転がるアンリを次々にまたぎ飛び越える。オスカーが振り返って叫んだ。
「お前も早く逃げろよ、自力でな!!!」
あれだけの苦労をして登って来た塔。目的の物を目の前にしながら、手ぶらでそれを後にする。徒労と思う暇さえ彼らにはなかった。二段三段はゆうに抜かしながら、塔の内壁に沿った螺旋を3人は転げるように下りていく。その勢いは、阻むアンリの手の者でさえ、さして手を出さずともなぎ倒されていくといったほどであった。