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02

 3人はまた再び歩き出している。見知らぬ惑星の、どこまで続くとも知れぬ森の中を、何のあてがあるわけでもなく。
「大体RPGっていったら、囚われの姫を助けてやってくれってなロマンチックな設定があるものじゃないのか、普通まず最初に!ゼフェルんとこで昔やったゲームソフトはそうだったぞ!」
「叫んだところで何も変わりませんよ、オスカー。・・・大体、まずも何も、まだ誰にも会ってさえいないではないですか」
 リュミエールのため息に、小鳥のさえずりが重なる。どこからともなく聞こえてくるせせらぎ、どうやら近くに川のようなものがあるのだろう。しかしそれは生い茂る草木に隠され見えなかった。
 ここが聖地で、皆と気軽にピクニックにでも来たのだったらどんなにこの景色を楽しめただろう。リュミエールはそう思った。葉の間から幾筋もの光が射し込み、まるで人が踏み入れては聖域のように、今いる場所は美しかった。
 オリヴィエが行く手に飛び出してくる草を苛ただしげに除けながら、誰の顔も見ずに言う。
「着いてすぐ目の前の森に入った途端に、アレ、だもんねえ・・・・ま、いきなりモンスターが登場するあたりはゲームっぽいけど」
「なら粗末でも武器防具の初期装備くらいは用意するのが筋だぜ。こんなことなら剣をおいてくるんじゃなかった・・・この臨機応変なオスカー様だったから切り抜けられたようなものの」
「まあね、確かにひっどいよね、せっかく招待券だって持参したってのにさ、手渡すところさえないなんて不親切!」
「不親切というか・・・・」
 リュミエールの体に疲労がどっと増したような気がした。この状況でこういったことが言えるこのふたりをある意味では尊敬する。が、事態がそんな単純なものにはリュミエールには思えない。
 リュミエールは足を止めた。
「これは・・・罠なのではないですか?」
「罠?」
 オリヴィエとオスカーの声が揃う。
「罠って・・・誰が?何のために?俺たち3人を?」
 バカバカしいというように、オスカーが肩をすくめる。
「リュミちゃん、頭の打ちどころまずかった?ただでさえ疲れてんだからワケわかんないこと言わないでよね〜」
 オリヴィエは、腕を上げ背筋を伸ばす仕草をした。
「あ〜あ、ちょっと休憩しない?のど渇いちゃったし・・・さっきから聞こえてる川の音、この下あたりにあるのかなぁ・・・飲めるかな?」
「オリヴィエ!いけません!!」
「な。なによ、急に大声」
「もしかして毒に汚染されているかも・・・どこから敵が私達を狙っているかもしれません!不用意に川の水など口にしては」
「おいおい、リュミエール。少し落ち着いたらどうだ」
「落ち着け?・・・オスカー・・・私達の身柄は既に私達だけのものではない、女王陛下のものです。身勝手な行動のあげくに命を落とすようなことになったら宇宙の存続に関わるのですよ?」
 リュミエールはヒステリックに言い放った。
「やはりこんな惑星には来るべきではなかったのです。だからあれほど私が止めたのに!!」
「いい加減にしろよリュミエール!!くだらない喧嘩が売りたいんなら聖地に戻ってからにしてくれ。罠?毒の水?被害妄想にもほどがあるぜ」
「オスカー、何する気?!」
「川に降りるのさ、俺が飲んで証明してやるぜ」
「いけません、オスカー!!」
 リュミエールがとっさにオスカーに向かって駆けだした。とたんぐらり、とリュミエールの体がバランスを崩した。何かに足を取られたらしい。
「あっ!」
 一同の短い叫び声もろとも、リュミエールの体は倒れ込み、二人の目の前から消えた。木の枝が折れる渇いた音が、彼の体が傾斜を転がっていったことを示していた。
 間髪入れずにオスカーとオリヴィエも、後を追う。静かな森に、激しい草木を分け入り滑り降りる音が響き渡った。
 高低差は思った以上にあり、いわゆる川岸というものは、こちら側にはない。オスカーとオリヴィエが降り立ったところは川べりのぎりぎりだった。川幅はさほど広くはないが予想していたよりも急流で、触れると冷たい。
 川面のどこにも、リュミエールの姿はなかった。
「うっそ・・・、リュミエール!?」
「ったく馬鹿野郎が!流されたのか?」
 いくら急流とはいえ、川べりの水深は浅いようだし、この短時間で姿も見えなくなるとは思えない。辺りを必死で見回す二人に、か細い声が茂みから聞こえた。
「・・・だい・・・じょうぶ、です・・・・」
 見ると、背後にリュミエールはうずくまっていた。少々場所が違っていただけだったようだ。
「・・・・驚かせないでよ、もーーーーーーー!!!」
「どこも怪我はないのか??」
「大事ないようです」
 斜面を転がり落ちたので、彼の体は土や枝葉で汚れてはいたが、すでに声にも力が戻っている。
「ご心配をおかけしてすみません」
「いや・・・ま、こっちこそすまん。結果的に毒味もお前にさせちまったようだしな」
 オスカーが川岸に飛び降りた際に上がった水しぶきがかかったらしく、髪だけが濡れて滴を落としていた。
「清い水です、お気になさらず。少々被っても飲んでも問題無いようですよ、オリヴィエ」
 本当に美しい川であった。川底までも見通せるほど澄んだ水が豊かに流れている。上流の方向は少しばかり岸が広くなっていて、さっきいた場所よりもよほど休憩には相応しかった。
「でさあ、さっきの話の続きだけど」
 オリヴィエは適当な岩に腰を下ろしながら、いかにも気持ちよさそうに水中に素足をくぐらせ、時折水しぶきを蹴り上げたりしている。
「罠、の話か?」
 川辺でなにやらしゃがみ込んでいるオスカーが振り向きもせず言った。
「・・・・オスカー、ナニやってんの」
「いや、コレ。つい川っていうとこういうことがしたくなる」
 彼の手には小さなザリガニが二匹、鎮座していた。
「ガキのころはザリガニ捕りの達人と呼ばれてたんだぜ。お前らにやろう、ちょうど一匹ずつだ」
 オスカーは有無を言わさず二人にそれを手渡した。ひとしきり困惑してから、オリヴィエが手のひらを見つめつつ言った。
「・・・・別に欲しかないんだけど」
「それは嘘だな」
 オスカーは空を仰いできっぱりと言い放った。
「この世に、ザリガニが欲しくない男はいない」
「・・・・・・・はあ?」
 オリヴィエとリュミエールの困惑の表情をよそに、オスカーは続ける。
「いるとしたら、そいつの心はロマンを忘れた、乾ききった砂漠さ。それともなにか、よりによって夢と優しさを司る守護聖はそんなヤツらなのか?」
「・・・そんな・・・ことは・・・いえ、あの、言わんとすることはわかるのですが・・・」
「ちょっとちょっとリュミちゃん!何こんなワケわかんないことに説得されそうになってんのよっ!」
「おいオリヴィエ、どこがワケがわからないっていうんだ、失礼な」
「どこもかしこもだよ。・・・ったく、怒るのもバカバカしい」
 オリヴィエは手のひらを少し見つめて、そのままその手を勢い良く振り上げ、ザリガニを川へ放った。
「あっ」
 オスカーの短い呟き。皆が見守る中、小さな水音がした。
「今度は悪いオトコにつかまるんじゃないよ〜〜〜!」
「あ〜あ、せっかく人が・・・まったく感謝知らずの男だ」
「なによ、この先ずっと連れて歩けっての?いーのいーの、キャッチ&リリース、あるべきものはあるべきところへ。それが正しい姿じゃない。ねーリュミちゃん」
 リュミエールは微笑んだ。
「そうですね・・・ですが何だか離れがたいような気も。本当に懐かしい、私も小さな頃は水辺でよく遊びましたから」
「リュミちゃんの故郷は海洋惑星だもんね。川もあるの?海だけじゃなくて」
「それはそうです、海に水を運んでいるのは川ですから」
「どんな川でもみーんな平等に海に続いてるってね☆私の知ってる海は凍ってるばっかりだったけど・・・で、何の話してたんだっけ?」
「罠の話だ」
「そうそう、それそれ。ザリガニとっててもちゃんと話聞いてんのね」
「そらしてんのはお前の方だ」
「はいはい、すいませんね邪魔して。・・・で、リュミちゃん、その罠ってのは」
「ええ、あの。なにぶん推測の域を出ませんけれど・・・」
 言葉を探し少しだけ言いごもる彼をさえぎるようにオスカーが言った。
「ふん、なら俺は聞かないぜ、その話」
「え?」
 オリヴィエとリュミエールは同時の声。
「アンタはそれよりザリガニ取りしてたいってそういう話?」
「あのなぁ・・・。ま、だが。確かに意味のない猜疑心に振り回される時間と比べれば、そっちのほうがまだしも有意義だ」
 先ほどのこともあって、リュミエールにはすぐに言い返す言葉がなかった。代わりにオリヴィエが応戦に出る。
「腹立つ言い方するねえ。・・・一応今が非常時だってこと、わかってんでしょ?」
「非常時?どこがだ。水清く風薫るこの美しい、のどかな景色!」
「しかし・・・っ!あの巨大な生物は・・・どう説明つけるおつもりですか?!」
「そうよそうよ、アレ普通の人間だったら食われて終わりよ?テーマパークにしちゃ度がすぎてる。・・・何よ、口あけて。そのバカにした顔!」
 オスカーは直後吹き出し、それこそ森にこだまするほど大きな声で大笑いした。
「・・・おいおい、まさかお前らアレを本気で・・・・」
「本気でって・・・どういう意味です」
「だってあれ立体映像だったじゃないか」
 立体・・・映像・・・・?
「テーマパークなんだろ?ここ。確かによく出来てた、俺だって一瞬は驚いたさ。気配を醸し出すために周囲の温度を変える熱風が出たり、音だって高性能のスピーカーが音圧出るほどしこんであったんだろう。だが幻影には変わりない。俺が壊したのは、プロジェクターだ」
「プロジェクター・・・本当に?」
「ああそうさ、リュミエールはずっと顔を伏せてた、よく見てなかったんだろう?・・・いくらなんでもあんなでかいのが本物のモンスターだったら、石ひとつじゃムリだ」
 オリヴィエが、あっけにとられて深い息をついた。
「・・・なぁんだ・・・そうなの。いや、アンタの無謀な馬鹿力なら石でも対処できるかな、と」
「俺はダビデじゃない、残念ながらな」
 オスカーがふと立ち上がった。
「・・・・オスカー、どこへ・・・?」
「とりあえず、そこらへん見てくる。いつまでも先さえ見えないんじゃ動きようもないしな。お前らは、そのぼけた頭、川の水で冷やしてろ。せいぜい足手まといにならないようにな。すぐ戻る」
 笑顔だけ返し返事も聞かずに、彼はさっき滑り降りた傾斜を、身軽に枝を伝ってアッという間に上っていってしまった。
「ふん、まるで猿だね」
「オリヴィエ・・・っ!」
 リュミエールのたしなめる声と同時に、上から細かいものがバラバラとオリヴィエめがけて降ってきた。
「きゃ〜〜〜、何コレ!」
 数匹のザリガニだった。
「まったく返す返すも失礼なヤツだな、聞こえてるぞ!!!!!」
「いつのまにこんなに取ってたのよ〜〜〜〜〜!!!」
 慌てふためいて身を払うオリヴィエを見つめながら、リュミエールは呟いた。
「さすが・・・達人」

 

<つづく>


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