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09

 運転席のドアからヨシュアが降り立つ。
「着いたよ、お疲れさん」
「ほんっとーに疲れんのよね、荷台…っ!」
 荷台の上からヨシュアを見下ろしつつ、オリヴィエはまたも不快をあらわにした。よほどお気に召さないらしい。
「まま、そう言うなよ。運転席もそんなに居心地最高なわけじゃねーし」
 オスカーはそんなやりとりを鼻でせせら笑って、荷台から身軽く飛び降りた。
「俺達のために来てもらってるんだ、文句は言わないぜ俺は」
 ヨシュアは礼かわりに軽く笑顔をオスカーに返してから言った。
「…そのことなんだけど。話があるんだ、あんたらに」
「話?」
 オリヴィエが荷台から降りつつ聞き返す。リュミエールも後にすぐ続いた。
「私たちに関わることですか?」
「ああ、もちろん…あのさ」
 ヨシュアは少し言い難そうに足下の土をつま先でいじった。
「オレさ、たぶんアンタたちがどこから来たのか、知ってるんだよ」
 思わず顔を見合わせる三人。オリヴィエが聞く。
「知ってる…ってのは…どこをどう」
 聖地が、自分達が守護聖であることがわかるという意味なのか?
「あ、いわゆる移動方法、というか装置?建物…。何でこの星に来たのか、ってこと」
「ああ…そういう…」
 思わず安堵の息をもらす。ヨシュアは続けた。
「あんたら、どこをどうやって来たのかもわかんないって言ってたけどさ、気付いた時にはこの森にいたんだろ?だったら…」
「そうだな、この森に着いたことには間違いないだろうな」
「だからさ、森に自家用機とかで来たってのも変だろ?こんな星、8割空き地みたいなもんなんだからナニも無理してこんなとこに降りなくたって。現実、不可能だ。降りられないよな、木が邪魔で」
 相変わらず明解なロジック。とぼけた顔をしてヨシュアの頭の回転が速いことは、オリヴィエとリュミエールには既に承知の事実ではあったが。
「この奥にさ、なんかソレ系の…建物があるんだよ。オレも昨日初めて見たんだけどね。機械類あんま詳しくないからわからないんだけど、明かにこの星のもんじゃない感じの。あれ、たぶんあんたらの星の星間移動装置なんじゃないかな、秘密の」
 ご名答!と拍手でもしてやりたい3人だが、記憶喪失設定が邪魔をする。とりあえずあまり強く反応しないように、聞いているしかない。
「そうかもしれないな」
「現物見たらすっごいクリアに思い出すかも。ヨシュア、案内してくんない?とりあえず」
「ああ、もちろんだ、そのために来てる。…この先は歩きながら話そうぜ」
「この話に先があるのですか」
「……またもしかしてお金?!」
「いや違う違う…どっちかってと逆…」
「逆?逆ってのはなんだ」
「そう矢継ぎ早に言うなよ…とにかく行こう、ちゃんと案内するから!」
 どうにも歯切れの悪いヨシュアの後ろ姿を追って、3人は森に向かった。

「オレさあ、この森好きなんだよね。ただの森だけど、なんか妙に来たくなるっていうかさ。気に入ってんだ、前から」
 ほんの申し訳程度にある森の道をたどりながら、ヨシュアは急にそんなことをいう。
リュミエールは今朝方ネリーから聞いた話を思い浮かべていた。
「でも、村人の誰も近寄らないと…ネリーが」
「ああ、そうなんだよね。近寄るとこっぴどく怒られる、たまに警備兵もまわってるし。…運が悪かったな、あいつら別に毎日いるわけじゃないんだよ」
「そうなのか…」
 そう言えばあの時の兵二人の口振り、あまりこの森の巡回は重要視していなかった風だったことをオスカーは思い出した。オリヴィエも口を挟む。
「ね、アイツ達は何を警備してるわけ?」
「そこなんだよ!問題は!!」
「な、なによ急に!」
 ヨシュアの出した大声にたじろぐオリヴィエであった。
「オレも最初は疑問だったんだ、それが。こんな何にも無い森、警備したって仕方ない、まさかお化け退治に来てるんでもないだろう」
「この森には人食いの怪物が出るという噂があるんだそうですよ」
 リュミエールが間髪入れずに言い添えた。
 ヨシュアは勢いづいて続ける。
「おかげで気に入ってんのに人目もはばからなくちゃ入れないんだ、実際何があるのか知りたいと思うのは当然だろ?…でまあ、散策がてらね…バケモノならバケモノで見てみたいって気もしたし。…そしたらさ、いたんだよ、ほんとに」
「化け物が?」
 一同の揃った声に、ヨシュアはわざとらしく声を潜めて言う。
「そう。最初は追い掛けられて酷い目に遭った。人食いのわりには動きが少ないから逃げおおせたけど。で、その後も、何度行ってもそいつがいるから…」
 オリヴィエが思わず遮る。
「…あのさー………それって、でっかいミミズみたいなんじゃない……?」
 驚いた顔をするヨシュア。
「まさに、ソレ。マイク達も見たのか?」
「っていうか、それなら退治しちまった」
「退治?あれを?!…でもそうか、そういうことか」
 ひとり納得するヨシュアにオスカーが苛立って言った。
「どういうことだ、はっきり全部話せ!いい加減!!」
「悪い悪い。だからさ、ここでさっきの話に戻るんだけど。昨日、その、これから案内する建物を初めて見たって言ったろ?…その化け物、どうやら、その建物を隠す…守るというか、そういう役目だったんだよな。昨日に限ってそいつが出なくて、その先に行けて…その建物を発見したってわけなんだ。そうか、あんたらが退治しちゃったからか〜」
「ちょっと待ってください…ひとつ疑問が」
「何?ポール」
「あなたの話がその通りだったとして、では、誰の意志で、その化け物が役割を負っていたのかというのが」
 あれは立体映像のプロジェクターだったのだ。明らかに“誰かが”故意で設置したもの。
 ヨシュアは平然と答える。
「選択肢はふたつだけでしょ。あんたらの星か…」
 王立研究院の管轄の星間移動装置にいちいちそんなものを併設している話など聞いたことがない。
「母星。んでもって十中八句、後者。…それなら一応、兵隊の巡回も理由がつく。ま、下っ端はあの化け物の事自体、知らされちゃいないだろうけどさ。警備とかいって森のとば口さらっと流してるだけだからな」
 ヨシュアは言った。
「…知ってるとしたら、カルロスだけだ。あいつの反応は度を超えてる」
「つじつまは合うな、明解だ。気に入ったぜ。母星にとって、あるいはカルロスにも、それはここに“あってはいけないもの”だったってことだな?見られたくない、隠したい」
 オスカーがヨシュアに素直に感嘆する。
「たぶんね。で、ご丁寧に二重のガードで村人を閉め出してる」
「そこでワタシも質問、しつも〜ん!!」
 そう言ってからオリヴィエはそれまでの軽いノリとは打って変わって、ヨシュアを強く見た。思わず息をのむヨシュア。
「……何?マイク」
「…じゃあ、アンタとワタシ達が出会った時…アンタ、なんでナイフつきつけたりしたの」
「それは…あの」
「何でよ。なんかそこんとこつじつま合わないんだけど!」
 すっかり親しげな間柄、オリヴィエの物言いに遠慮はなかった。言い逃れられないと観念したのか、ヨシュアは急に顔の前で手を合わせた。
「実はね……そこなんだよ〜〜〜〜いっちばん話さないといけないのは!」
「まだあったのですか…その先が…」
「だからなんだ、いーから話せ!」
「いやさ、さっきの話に戻るけどさ。で、建物を発見して…普通さあ、中見るじゃん?やっぱ」
「普通かどうかはさておき、お気持ちはわかります」
「中見てさ、普通、見ただけじゃわからないじゃん?確かめたくなるじゃん?」
「普通かどうかは……って、アンタまさか……っ!!」
「察しがいいよ、マイク。…どうやら…壊しちゃったみたいなんだよね…」
 一同の足は思わず止まる。3人ともが同時口を大きく開けてその告白に絶叫した。
「なに〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
「いや、わかんない、わかんない!壊れたかどうかも!なんかこう、どうやら移動装置みたいだなと思って…いじってたら急に変な音して、電源落ちちゃったみたいな感じになって…機械類弱いんだよね、オレ」
「そんなやつが勝手にいじるな!」
「それで…そのあと私達に会って…そのことをとがめられると思って先制したということ、なのですか?」
「そう。建物には最近使ったって跡があったから、絶対そうだと。当たってたけど」
「アンタさぁ…あたってりゃいいってもんじゃないのよ?どうしてくれんのよ、帰れなかったら!」
「……まあ、ほんとに壊れてるかどうか、確かめてからにしてよ、怒るのはさ。ほら、着いたから」
 指さす方向、目の前には憶えのある建物。確かに、ここの扉を開けた時から騒動は始まったのだった。
「追い打ちかけて壊されてもたまらん。ヨシュアは外で待っててくれ、俺と…」
「私が参りましょう、マイクはヨシュアと一緒に待っていてください」
「オッケー。早くしてね、こんな馬鹿と待ちぼうけヤだから」
「ひでえなぁ…」
 とにもかくにも話は決まった。オスカーとリュミエールは中へと入り、オリヴィエとヨシュアはそれを見送った。

 

<つづく>


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