考え込み、言葉を選びながらのリュミエールの話は途切れ途切れでいっこうに要領を得ない。オスカーはそれを聞きながら、リュミエールの部屋の中を歩き回ったり窓辺に寄ったりベッドに座ったりと動き回る。そうせわしないわけではないが、落ち着かないことには違いない。
「ネリーの話に矛盾があったのはわかった。だが世の中には例外ってのはいくらでもある、ウェイツってやつだけここの出身なのかもしれないし、軍人には特別に母星行きの船が出るのかもしれない。『送別会』は無いとはいえない」
「…そうですね…その通りです」
別にオスカーにそう言われることについて心が沈むのではなかった。自分も当然例外のパターンを考えてもいた。オスカーの言うことは言葉通り当然至極な反応である。
それきり黙り込むリュミエールにオスカーはまた苛立ったように言った。
「気になってんのはそれだけか。それであんな風に聞いたのか?」
「……………」
リュミエールは、まだネリーの怪我のことについてまでは言っていなかった。
「じゃあもっとはっきり聞けば良かったじゃないか、あの送別会の主はあのあとどこに行くんだ、ってな」
「…そうですね…」
「だから!相づちはもういい、いったいどういうことなんだ」
「声を少し抑えてください、オスカー」
「ああ、悪い…」
オスカーは、向かいの椅子にようやく腰を落ち着けた。
沈痛な面もちで呟くように言うリュミエール。
「いったいどういうことなのかなど…私にもわかりません。…わからないのです」
オスカーのため息。
「リュミエール、俺はな。お前がただ単に、ネリーの記憶が曖昧でつじつまが合わないってことを気にしてるんだったら、こう言うぜ。そりゃきっと本人の言うように忘れっぽいんだろう、じゃなかったらそれこそ記憶障害があるのかもしれないな、ってな。それでお互い自分のベッドにもぐって朝が来る、聖地に戻ってこの話はジ・エンド。どこも問題はない」
「……ええ……」
「もし万が一、そのことに何か重要な意味があったとしても。守護聖としての力が必要になるなら、それは聖地へ戻ってから陛下のご判断に従ってすべきことだ。やっぱりここでも優先されるべきは、まず聖地に戻ること、になる」
「そうですね…。ここにいて情報収集するより、聖地からのほうがよほど早く正確なデータが得られるでしょうし」
「そうだ。リュミエール、知りたければいつでもわかる。俺達は知れる立場にある」
リュミエールは頷いてゆっくり顔を上げ、穏やかに微笑んだ。
「……ならば本当に、話は終わりですよオスカー。私の見たもの、ひっかかりを憶えることのすべては、守護聖としてみれば、聖地からすればその程度のことです。私ももう気に病むのはやめましょう。夜分にお時間をとらせて申し訳…」
「おいおい。話があるといって呼びつけて、そりゃないぜリュミエール」
リュミエールはきょとんとする。
「え?…ですが…本当に。あなたの言う通りですし、私は理解も納得も」
「お前がそうでも、俺は違う。今の気持ちはな」
「…?どういう…」
「ま、聞けよ。いいから」
そう言い置いてオスカーは語りだした。
「俺だって何となくだがひっかかってはいたんだ、この星のいろんなこと。俺がカルロスから聞いた話も、一見問題ない、とある星の一事情ってことでいくらでも片づけられる話だった。だがどこか歪んで無理矢理に感じるんだ。用意された言い訳みたいにな…。ただ理由がない。何がそう思わせるのかがはっきりしない」
まさしくリュミエールがネリーに思う感覚とそれは一致する。
「俺は今まで放っておいた。守護聖として聖地の命で来たんじゃないんだ、報告書類も作らないしな。忘れちまっても困らない、気にしなければそれですむ」
「ええ、だから私も心底そう思っていますよ。単なる相づちではなく、あなたの言うとおり。データも無いまま疑心暗鬼にとらわれて、あれやこれやと気に病むのは無意味、正確な事実を見誤ることにしかなりません」
オスカーはリュミエールの目を見た。
「リュミエール。『正確な事実』かどうかなんて、今はどうでもいいんだよ」
「どうでもいい?」
「さっきも言ったろ?報告書に書くんじゃないんだ。そんな答え合わせは聖地でやればいい」
「……………」
「お互い気になってるのは、知りたいと思ってるのは、もっと別のことのはずだ」
心の中にある、漠然としたわだかまり。
ひとつひとつの事実のずれが気になるのではない。それを気にしまいとするたび靄のようにわき上がる『何か』が気になる。
なぜ自分は、こんなにも「気になる」のか?この不安めいた予感は。
「聖地のためじゃない、今ここにいる俺達のためだ。“俺”は“お前”の話が聞きたいんだ」
「オスカー…」
オスカーは笑って言った。
「話したいことがあるなら最後まで話せ。中途半端じゃ気分が悪いぜ」
二人は今までの事実をまず整理する。
「たとえば私達に対しても。珍しいものがあるわけでもなく、星間連絡も途絶えて久しいこのような惑星に現れた異星人である私達。それにしては驚くほどすんなりと受け入れられました…あなたは捕まったりもしましたが…」
「それだってあっさり解放してもらえたぜ?この星始まって以来のことだってのに。だがそれには一応ご説明いただいた、『面倒くさい』ってな。…記憶喪失なんて突飛な言い訳が通るほうがよほど変だ」
「咄嗟に口をついたのです、仕方ない状況ではありました。それに突飛であったからこそわかったこともあります」
「ったく口の減らない…」
二人の会話はどこかいつもこんな風だ。
「まあな、記憶喪失の一件に関しては確かに、ヨシュアの情報を引き出した結果になった。ひょうたんから駒ってヤツだ」
「彼の言った理由は理解できます…ですが、ガイやネリーまでが何の疑いもなく、というのはいささか腑に落ちない」
彼ら二人にはオスカーの方が先に会っている。最初は若干興味を見せたものの、それもそう長くは続かなかった。記憶喪失などという説明も無しにだ。
「そして、ネリーやヨシュアに家族が無いこと。ネリーの家族は写真がありますが、言ったとおり、家族についての記憶はあまりに曖昧です。なぜ今は家族だけが彼女をおいて母星に住んでいるのか…それはいつ頃からのことなのか。あれだけ気さくに話してくれる彼女なのに、不思議と何一つ話題には上がらない」
「聞けば聞いたで忘れたとくる。隠している風でもないんだろう?」
「ええ。そうであったら逆に私も気にしなかったでしょう。知り合って日も浅い人間に言いたくないことくらいあります、誰にでも」
オスカーは不意に顔を上げた。
「…今思ったんだが。そりゃほんの数日、しかも日中歩き廻ったわけじゃないから何とも言えないが…俺達が今まで出会ったこの星の人間は、カルロスを除いてみんな若い。揃って同じ年頃だ。これもなんだかおかしくないか?」
「老人や子どもの姿…いえ、話にすら出てきませんね」
過疎の村は若者こそ少ないものだ。
「ガイとネリーとヨシュアは幼なじみということでしたが…昔の思い出などもそう言えば…」
「聞けば良かったな、なれそめとか」
「…そして、送別会」
「最初はああ言ったが、カルロスの話を考え合わせるとなおさら変だぜ。あの軍隊は人の異動が結構あるんだそうだ。例外ってのはそうしょっちゅうは無い」
二人はしばし考え込んだ。リュミエールが深くため息をつく。
「…とにかく、誰も自分から『過去』の話はしない、人にもあまり聞かない、ということははっきりしていますが…」
「俺達への場合、記憶喪失だから気を遣ってるということもあり得るが…どうもそういう事自体に興味が薄いって印象だな」
聞かれたら改めて、まるで深いところから引っぱり出してくるように。しかもそれには前後がない。今の自分とうまく繋がらなくても、そんなことはどうでもいいかのように処理される。
「なんでしたっけ…オリヴィエの…、ヒット&ラン?いえ…タッチ&ゴー?」
「はぁ?何言ってんだお前」
「オリヴィエが森で言っていたじゃないですか、ザリガニの」
「…………そりゃ、『キャッチ&リリース』だ…………」
「それです!」
リュミエールは嬉しそうに手を叩く。
「それが何だよ、ったく真面目に人が考えてんのに」
「私だって真面目に考えています、失礼な。…そのキャッチ…あるべきものはあるべきところへ、でしたよね」
「アイツの意訳だぞ、言っておくが」
「この際意訳でもかまいません。今回のこの話の奇妙な点はこうした…腑に落ちないことが多いことではなく…こういったすべてに、誰も何の疑問も持たない、ということなのです。あるべきものがあるべき場所にない。それは不安さえ呼ぶはずのことなのに」
「ああ、誰も気にしやしない。こんな状況に平然としてられるって、俺なら気が狂うぜ!」
リュミエールは笑った。それから神妙な面もちで言った。
「しかし二人でこうして事実を連ねてみても、謎は深まるばかり」
背後を振り返ると、窓に大きく星が光っているのが見えた。オスカーも同じくその星を見る。
「俺はどうにもカルロスの話が…母星のことが気になる。そこに何かある気がする」
オスカーは呟くように言ってからおもむろに立ち上がった。
「オスカー?」
「…オリヴィエ起こしてこよう。あいつにも何か考えが」
「何時だと思っているんですか?いくらなんでも気の毒です。…たとえ無理を言って起こしても」
リュミエールは窓を見た。夜の闇はいよいよ深く暗い色、それは間近に迫った夜明けの前の最も濃い漆黒だ。
「この時間じゃ頭がすぐにまともに回転しだすとも思えないか」
オスカーが大きく伸びをした。それを見て「それに私達もね」とリュミエールが微笑んだ。
「たとえ数時間でも休息をとるほうが効率が良いでしょうね」
「確かにな。よし、決まった。朝起きてオリヴィエに話して…それからだ。なぁに、あっちじゃほんの一瞬だ、聖地に戻るのは少しくらい先に延びたって大勢に影響ないだろう」
「ふふ、ジュリアス様からのお小言くらい覚悟はしておきましょうか?」
「ああ、今度は3人一緒だぜ?」
オスカーがドアの向こうに去った後、リュミエールはふと思い出した。
そう言えば、ネリーの怪我について言わなかった。オリヴィエに話す際には忘れずに付け加えるようにしよう。
リュミエールは寝支度を整え、ベッドに横たわった。
<つづく>