男の言った「通路の右」には同じようなドアが立ち並んでいたが、ヨシュアの居場所はすぐわかった。ひとつだけ、手持ちぶさたにしている見張りの兵がいるドア。オリヴィエは音もなく近づく。
「意外と手薄じゃない?…ヨシュアここにいるんでしょ」
その声に驚いて顔を上げる警備兵。オリヴィエは身をかがめる。返事する暇も与えられぬまま、気を失うまでの一瞬に彼は眼前を横切った流れる金髪しか見ることはできなかった。顎に足蹴りをもろに受け、言葉もなくうちのめされる気の毒な若い男。
オリヴィエは彼の腰から素早く鍵を奪う。あまりにも簡単に軽い音をたて鍵は開いた。
そこにヨシュアは、いた。ベッドに横たわる体。歩み寄って、見下ろす。目を閉じ、微動だにしないヨシュア。何変わりなく眠っているように見える。
…が、息をしていない。
オリヴィエはごくりと息をのんだ。体の震えを押さえるために、目を閉じ息を深く吸う。意を決したように目を開き、それからゆっくりと、耳を彼の胸にあてる。
「…………!…………」
心臓の鼓動は聞こえない、それはいい。その代わりに、かすかに、ほんのかすかに聞こえるこの音。空耳?それとも他のところから?
オリヴィエは体を起こし、あたりを見回した。他に音をたてるようなものは何もない。やはり、これはヨシュアから聞こえてくる音だ。ヨシュアの胸の、奥の奥から。
オリヴィエはもう一度、確かめるようにヨシュアの胸に耳をあてた。
「……なんで…こんな…機械音……?」
呟きに呼応するように、ヨシュアの体が少し動いた。オリヴィエは驚いてベッドの脇から弾かれるように飛び退いた。
あらためてヨシュアの顔を見る。ゆっくりと開けられる瞼。彼は上体を起こし、オリヴィエを見た。脈拍はわからないが、とりあえず息は戻っている。ヨシュアは“生きている”。
唇がぎこちなく動く。
「…あんた…誰…」
「…誰…って……わからない、の…?」
心底、初めて見るものに対しての、視線。いつものギミックじゃない。
「……誰…オレのこと…知ってんの…?」
眩しい物でも見るように、目を細める。
オリヴィエは思わずヨシュアの肩を強く掴んだ。
「誰って、ワタシだよ、マイク!」
「マイ…ク?」
「もうこの際誰でもいいよ、ポールは?オスカーは?ネリー、ガイ!なんでもいい、誰か憶えてないの???」
「…………それ、みんな………オレの知り合い……?」
オリヴィエは愕然とし、なおも大声になった。
「ちょっと、マジ?!!じゃあ、アンタ、自分の名前は???」
「…オレ…の…名前……ああ、カル…ロス……が」
「カルロス?それはアンタの名前じゃない!ヨシュア!」
「カルロス…が最後にオレに…おまえだけが…なんでこんなことに…」
意識がもうろうとし出したのか、彼は額を強く抑えた。すでにオリヴィエさえその目には映っていない。
「オマエダケガナンデコンナコトニ」
オリヴィエの両手にかかる重みが急に増した。
「ちょ、ちょっと待ってーーー!まだ聞きたいことが…っ!!」
オリヴィエは強く肩を揺さぶる。が、オリヴィエの叫びもむなしく、ヨシュアは再び目を閉じた。ぐったりとした彼の体、今まで思ってもみなかった、ヨシュアは見た目よりも、確実に重かった。
オリヴィエは諦めて、静かに「動きを止めた」体を、元の通りに横たえた。
ネリーの傷口からは、出血が見られなかったのです、オリヴィエ。
そんなバカな。…見間違いでしょ?
オリヴィエはヨシュアを見つめた。
「ちょっと…勘弁してよ……どういうことよっ?」
「もう一度、はっきりと…言ってください、パスハ!!」
リュミエールの声は驚愕と混乱に震えていた。パスハはあくまで冷静に水の守護聖の言葉に従う。
「では復唱します。惑星フラーバ第17衛星α-K、通称ヴィスタ。その星はいわゆる生体反応の無い、無人の惑星です。惑星フラーバにも王立研究院の権限で直接確認いたしました。元々当院で持ち合わせていたデータにもあったことですが、なにぶん古いものでしたから、念のためと」
では自分達の出会った人々は、何だというのだ。ここにある村は、何だと。幽霊にでも惑わされているというのか。それとも時間の狭間に迷い込んだとでも?
パスハは続ける。
「惑星フラーバからの報告によれば、かつて一度も生物が生息した記録は無いとのことです。フラーバ側の報告のほうも何やら曖昧ではありますが」
「…では、そのデータが間違っているということもあり得るわけですか。知らぬ間に自発的に生物が発生した可能性や…」
「いいえ、リュミエール様。いかな小規模の惑星であろうと、いかに少数であろうと民がそこにいるのなら。王立研究院…もとい女王陛下が把握できないはずはございません。まだ形になってもいないとでもいうのならいざ知らず…高等生物が生活までを営んでいるという状態にありながら、それは考えられません」
「……では……では……いったい…」
今も森の入り口で自分を待っているだろうガイ。捕らえられて安否が気遣われるヨシュア。連れ去ったカルロス。………ネリー。自分だけが見た彼女の傷。血のでない、深い傷。
頭が割れるように痛んだ。
「私達は…この惑星で様々なものに出会いました。多くはありませんが、人もいます。きちんと生活を営んで、他の惑星の民とどこも変わらない…」
「ええ、そう伺いました。だからこそ私も不審に思ったのです。それと、その移動装置の前に設置されてあったという、ガード。明らかにフラーバ側が独自に設置したもの、王立研究院の知る由も無いことでした。人のいない星の移動装置にガードなど必要ございません。その移動装置の起動にさほどプロテクトがかかっていないのも、その惑星が無人が故」
「どういう…ことなのでしょうか…わかっているのなら…パスハ…」
「ここからは、王立研究院の独自調査結果のみですが」
「かまいません!」
答えを急くリュミエールの声に、パスハは答えた。
「おそらく、皆様方がヴィスタで遭遇した数々のもの、それはすべて『ガジェット』と呼ばれるものです」
「……『ガジェット』……?」
「それについてはお手元に資料をお送りいたしますので、それをごらんになりながらお聞きください」
パスハがそう言ったとたんに、通信機器が大きな音を立てた。かなりのスピードで吐き出される書類。リュミエールは次から次へとそれを手に取り、文字に目を走らせる。リュミエールの視線は、ある言葉で止まった。
『プレイスター計画』。…これは…オスカーの言っていた…。これが何だと…?
「おい若造。世の中のいろんなことを決めているのは何だと思う?」
カルロスは唐突な話題を、オスカーに問いかけた。
「はぁ?いきなり何だ。俺の聞きたいことは…」
「そう結果急ぐもんじゃないぜ若いの。大事なことだぜ?その星の来し方行く末、運命の右左…そういうもんをさ。ああ、『宇宙を統べる女王陛下』とかいうのは無しだ。宗教の話をしてるんじゃない、もっと現実的なレベルでだ」
「現実的なレベル…」
あまりそういったレベルでものを考えない癖がついてしまっている。オスカーは口ごもった。
「そりゃ…政治家とか…その星の王やら…いわゆる最高責任者が…」
カルロスはさもおかしげに笑う。
「あっはっは、教科書通りのいいご意見だ。…いいか、確かに表向き決断をするのはそういうお偉いさんだ。だがそいつらだって自由自在に何でもできるわけじゃねえ。どうにもこうにも言うこと聞かなきゃならないもんが、そいつらの上にいる。…金だよ。予算ってヤツだ」
「…予算?」
「そう、地獄の沙汰も金次第って言うだろう?まったくよく言ったもんだぜ、その通りだ」
カルロスは机に投げ出した足を態度悪く組み替えた。
「お前さん、俺に見せたチラシがあっただろ?『プレイスター計画』。あれな、この星をまるごと遊び場にして観光客を呼ぼうなんて話は大嘘なんだよ。あくまで見せ絵だ、カムフラージュのための」
思い切り吐き出される白い煙。
「…いや、途中からは本当にそういう話にも一瞬なったんだ。が、実現しなかった。そりゃあそうさ、元々金がありゃあ、そのまま本来の計画に沿ってやってたんだから。いっくらもったいねえからってそこに新たに継ぎ足す金は出ねえわな。放っておいてそのまんま、無かった事にした方が良いって話になった。まあ、貧乏くさくいつかまた使うかもしれねぇなんて思ってたかもしれねえが。つまり本来の計画は…大掛かりになればなるほど、ヤバい計画だった」
オスカーの脳裏にきな臭い影が立ち上る。そんなオスカーを試すようにカルロスは続けた。
「母星の発展の歴史は案外浅くてな、急激に発達した貿易システムを利用して儲けた星だ。もともと資源なんてありゃしない。そんな星がもっと稼ぐ方法なんて限られてる。リスクはあるが、実入りはでかい。惑星の繁栄には第一の方法」
「…戦争、か」
「ふん、やっぱりお前さん馬鹿じゃなかったな。そうだ、戦争なら民の気持ちもまとめやすい。誰でも強いもんは好きだし、勝つのは気持ちがいいもんさ。わかりやすくて簡単だ」
「ああ…そうだな…」
説明などいらない、オスカー以上にその構図を理解するものはこの宇宙にはいないだろう。あえて押さえぎみにカルロスに尋ねる。
「そろそろ俺の質問に応えてくれ。この惑星の目的を」
カルロスは穏やかに微笑んだ。まるで小さな子どもに対するように。
「…武器庫だよ。資材置き場、っていうべきか。この星のまるごと、そこかしこに。戦争をおっぱじめるために用意された武器が山盛りだ。俺はその倉庫番をしてるのさ、たったひとりで、もう長いこと」
そこかしこ?…ひとり?
「…どういう意味だ。この星には武器なんかどこにも見あたらない…ぜ!?」
「言ったとおりさ。つくりもんなんだよ。ここでお前さんが見たものすべて」
つくり…もの…?
「驚いたか?ホント、見せ物にしたらさぞかし儲かるだろうに…母星も辛えところだな」
カルロスの嫌な笑い声が、部屋中に響き渡った。
<つづく>