「お世話になりました」
担任に一礼して、俺は長い渡り廊下を歩いていた。
ふと裏手の丘に目をやると、そこには何とか言う大きな樹、その下に人影が見えた。かすかにゆれる明るい金髪と赤い前髪・・・。
驚いた。珍しいと思った。彼がひとりで本を読んでいる。
入学した時から気に食わない奴だった。大体あの口調からして人を馬鹿にしている。男のくせに化粧なんかしやがって、しかも先輩や先生まで彼には甘かった。いつも誰かと一緒で、オスカーやリュミエールに限らず、違う学年の男だったり女だったりした。
なのに・・・今日は自然に足が向いた。
「おい」
オリヴィエ、と一度も口にしたことがないから名前が呼べない。
本に夢中だったのか、彼は驚いたように肩を上げ俺を見た。
「あれ?珍しいねぇ」
それだけ言うと軽く笑い、彼はそのまま眼下に広がる校庭の方に目をやった。
後先考えずに来たのは俺の方だ。隣に座れとも、帰れとも言われず、ただ横に立って同じ方向に目を向けるしかない。気まずい沈黙が午後の長い影と一緒に伸びていく。
「お前が気に食わなかった」
何か言わねばという焦りと変なイライラ、調子っぱずれな言葉が口をつく。
「知ってたよ」
オリヴィエは前を見たまま、あっさり言った。
「話してみたいと思ったケド、無理かもと思った」
「・・・・・・」
予想外の台詞に思考回路がマヒし、あっけにとられる俺を気にせず彼は続けた。
「ギター演ってるんだよね?そういう話できたらいいと思ってた」
「何で知ってるんだ?!」
「ふふん、新聞部の部長って誰だか知ってる?ワタシの情報網をナメないでね〜」
「ははっ、そうだったのか」
思わずつられて笑いながら、耳障りと思っていた彼の口調が相手に安心感を与えたりもすることに驚いた。
「ところで何を読んでたんだ?」
「ギターのスコア。あ、丁度良かった!わかんないトコあったんだよねぇ」
「どこだ?・・・これはちょっと難しいな。ギターがあればいいんだが」
「じゃ、明日教えてくれないかな」
「ああ」
相変わらずつっ立ったままだが違和感はない。そっか、こんなもんか。
笑いながら顔を上げた時、丘に向かって歩いて来るオスカーとリュミエールの姿が見えた。
「じゃ、明日な」
そう言って俺は反対方向に駆け出した。丘からは賑やかな声が聞こえる。
「待たせたなオリヴィエ、思ったより長引いた」
「オスカーは忙しすぎです。生徒会に部活、今度はPTA懇談会ですよ、もう信じられません!」
オリヴィエの笑い声も聞こえる。その時、俺はハタと気付いた。
(今日で転校するんだった・・・)
丘を振り返り、明日の約束は果たせないと言ってこようと考えたが、やけに陽射しが眩しくて、3人の声を聞きながら「ま、いっか」と思った。
《続く》