リレー小説『踊るサクリア2』29 by 岸田

「あの教育実習の答えは話題転換、要するに逃げの一手だ。なかなか上手い返答だと感心もしたが、勝負はオリヴィエの勝ちと言ってもいいんじゃないか?」
 オスカーが言った。隣のリュミエールが答える。
「あのオリヴィエがそんな“判定勝ち”を良しとすると思いますか?」
「思わん。実際こーして次の授業はバックれだ…どこぞで歯がみでもしてるんだろ」
「歯がみしているかどうかは別として。良い気分ではないんでしょうね。不思議なのは、なぜあの教育実習生にそこまでひっかかったかです。オスカー心当たりありますか?」
「ない」
 察しはつけられる。たとえば民族衣装で教壇に立っているとか、腰が低いと言っていいくらい無闇に丁寧で謙虚なたたずまいであるとか、なのにSPが廊下に立っている(それでも教室内にて任務を果たしたいと言うところを、強引にティムカが廊下までとしたのだ)とか、自分たちより年下であるとか。とにかく、今までの教育実習生とはひと味も二味も違う。オリヴィエでなくともナニか一言もの申したくなるといった気持ちは、この2人にもわからないではなかった。
「だが、とりたてて何のアクションもないのに、あのように一方的にしつこくオリヴィエからというのも珍しい…。それとも私たちが知らないところで何かあったのでしょうか?」
「さあな。どうでもいいことだ。つーか、俺はアイツのやることなすこと、理解が及んだ試しはないぜ。いっつもワケわかんないとこでキレるんだよな〜昔から」
「そうやって考えようともしないのでは、わかるものもわかりませんよ」
「じゃあお前は考えてわかったとでもいうのか?同じじゃないか」
「だからこそこうして…」

「おーーーい!ふたりとも。もういいぞ、そこらへんにしとけー」

 遠くから声が挙がった。
 その声をうけて、2人は走り込みの足を止めた。話しに熱中していて気づかなかったが、言われたままに校庭をぐるぐると走り込んでいたのは、すでにオスカーとリュミエールだけであった。
 そんな三時限目。教育実習のヴィクトールが最初の授業として生徒に課したのは、校庭走り込みサドンデスである。
「走り込みは何のスポーツにおいても、いや人生においても基本だ!どのくらい走れるもんかと試してみたが、いやぁ、なかなかホネのあるのがいるじゃないか。先生は驚いたぞ」
 ワーハッハッハッハッハ!!!というでかい笑い声が校庭にこだまし、グローブのようにでかい手がドカッドカッとふたりの肩にたたきつけられる。思わずむせる2人であった。
「ただ、おまえら、ちょっと私語多いぞー!今日は最初の授業だ、大目に見てやるが明日っからはビシ!バシ!!行くから、覚悟しとけー」
「あ、ありがとうございます、ヴィクトール先生」
 そう答えるリュミエールと違い、オスカーは憮然として黙ったまま、心で悪態をついていた。
 何がわーはっはっは、だ。ただ走れと命令することなんざそこらの小学生にだってできる。たとえ年下のガキであっても、数学の教育実習のほうがまだしも“授業”をしていた。
 ヴィクトールは体育教師らしい仁王立ちで、なおも上機嫌で演説を続ける。
「スポーツは結果が大事といわれるが、先生はそうは思わない。目指す目標に向かってどれだけ自分を高められるか、そこが本質だ。地道な体力づくりを嫌う輩が多い昨今だが、地区大会程度のレベルで結果ばかりを自慢したり、素質や身体能力にばかり頼っているヤツは人間として二流だぞ。ワーッハッハッハッハッハ!!!」

 かちん。

 ちょっと待て。言わせておけばこのジジィ…っ!
「…待って!」
 オスカーの腕にすがりついて、リュミエールが声を抑えて制止する。
「ええい、止めるなリュミエール!!」
「別にあなたのことを言ったわけではない、一般論です一般論!」
「どこが一般論だ、お前だって俺のことだって思うからそうしてっ」
「私は思います、が、ヴィクトール先生はあなたが日々地区大会レベルで終わっているとか身体能力にしか取り柄がないとか、知る由もないではないですか!」
「フォローになってない、つーかお前から殴るぞ…!」

「そこのふたり!!」
 ヴィクトールがつかつかと近寄ってきた。
 ごつん。2人は軽く、ゲンコツをくらった。
「私語が多いぞ」
「……………………。」
 そう言って再び背を向けたヴィクトールに、オスカーの身体が踊りかからんとした途端。

キーンコーンカーンコーン。

「おっ、ちょうど授業終了だ。一同解散!」
「ありがとうございました〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

とりあえず、生徒会長自ら起こす校内暴力事件の発生は、幸運にもまぬがれた。

《続く》


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