「おっかえり〜、オスカー!リュミちゃん!」
二人が王立研究院の奥、次元回廊のある場所からの扉を開け放つなり、聞き慣れた声が迎えた。フロアの脇、据えられたソファから人が一人立ち上がる。
「オリヴィエ、わざわざ出迎えとは・・・いたみいります」
隣で、微笑んで言葉を返す水の守護聖に、オスカーは思いっきり呆れ顔を向けた。
「馬鹿だなリュミエール、こいつがそんな殊勝なヤツか?何か裏があるに決まってる」
「裏ってアンタ・・・そういう言い方する?フツー」
夢の守護聖は少し歩みを早めて、彼らの横に並ぶ。
オスカーとリュミエールは、たった今公務から戻ったところであった。惑星で行われる祭礼に賓客として招待を受けていたのだ。守護聖の公務としてはありふれたもので、わざわざ無事の帰還を祝うほどのことではない。
「ま、偶然研究院に用事があったからついでに、ってのはそうなんだけどさ。だからって別に裏なんかないよ。で、どうだった?行った先は」
公務としてはありふれているとは言え、そう頻繁にあるわけでもない。行く先も大抵は初めて訪れる場所だ。だからといってこの、横にいるこのおちゃらけ男が他人の職務にまで興味を持つほど仕事熱心だとは、オスカーには到底思えなかった。
まあ、理由に大方の察しはつくがな。
オスカーはわざと素気なく答えた。
「どうってことはないな。俺に言わせりゃ単なる田舎星だ」
リュミエールが眉をひそめる。
「オスカー、あなたはどうしてそういった視点でしか物を見られないのですか。夜遊びに行ったのではないのです、ネオンの光やざわつく繁華街が無いからといって、それを不満に思うなど」
「別に不満になんか思っちゃいないさ。息が詰まるほどの大歓迎に涙が出たぜ?」
「失礼なことを」
オリヴィエとは反して、リュミエールは生真面目すぎる。少々堅苦しかったのは、行った星云々よりこいつと一緒だったからかもしれないな、とオスカーは思った。
報告のため、オスカーとリュミエールの二人はここから宮殿に向かわねばならない。いつまでも立ち話している場合ではないのだ。オスカーはせっかちに顎でリュミエールを促す。その合図に気づき、彼もまた後を追うように歩き出した。行きがかり上一緒になったオリヴィエに向かって、歩きながらリュミエールはたった今後にしてきた惑星の風景を語りだした。
「訪問先・・・ルベリというのですが・・・とても美しい惑星でしたよ。豊かな自然と肥沃な土壌に恵まれ、主星と並ぶほどの長い歴史に裏打ちされた素晴らしい文化を持って。祭礼もそれは盛大で、我らへの歓待も目を見張るほど。民草は皆、自分たちの惑星のみならず聖地への畏敬と愛をも口々に謳っていました。ああいった平和な惑星を訪れることは、守護聖として幸福なことです」
「まあな。いかにも何の悩みもない星だった」
少しだけ前を歩く炎の守護聖が言葉を添えた。その肩越しにリュミエールが言う。
「問題が無いことを問題にするおつもりですか」
「いや、結構なことだぜ・・・・って聞いてるのか?オリヴィエ!」
見ると、オリヴィエは話半分で後ろを振り返ったりしている。
「聞いてるわよぅ。・・・でさぁ、手ぶら?」
「やっぱり・・・お前はそういう目的なんじゃないか」
つっこまれて悪びれもなく笑う夢の守護聖。
「だってー、公務にはつきものでしょ?素敵なオミヤゲ」
「あなた個人にあてたものはありません。あくまで陛下と聖地への贈り物です」
「リュミちゃん、冷たいわねーもう。そんな駄目押さなくたってわかってるわよ〜。どんなもの貰ってきたのか見たいだけ!」
「嘘吐け。『ゆっくりじっくり見せて〜』とか適当言って私室に持ち込んで、うやむやにするくらいのこと平気でするんだろう、お前の場合」
「ちょっとっ!ヒトのこと寸借詐欺師かなんかと間違えてない?」
言い返すものの、少しばかりうろたえた様子のオリヴィエだった。図星だったらしい。リュミエールはいささか肩を落としつつ言った。
「・・・そういったものは後から届けられます。その先はディア様にでもあなたがご自身で申し出てください」
「はいはーい。で?そんな良いとこだったのに、炎の守護聖様はご不満なの。善良な星で仕方なく善良ぶってお仕事してきたってわけ」
「誰でも田舎では善良になれるさ。そこには誘惑がないからな」
「アンタ我慢強いもんねぇ、誘惑以外のことなら」
「そう褒めるな」
「褒めてないよ、別に」
ふと、リュミエールが口を挟む。
「・・・オスカー、彼女は誘惑には入らないのですか?」
にやつくオリヴィエ。彼が聞き逃すはずもない。
「何・なになに?彼女って〜?女がいたの?」
リュミエールが意味深に笑む。
「それはそれは見目麗しい姫君がひとり。むこうは大層オスカーのことを気に入りの様子だった」
「・・・齢にして八つのな。確かに美しい姫だった、祭礼に呼ばれたのがもう少し後だったら、その場でさらいたくなったかもしれないが」
「そのようなことあの王の前で言ったら、たとえ守護聖と言えども斬首ものだったかもしれませんよ、オスカー。幼いとはいえ、あなたと共にいる姫を見る王の眼差しは随分と複雑そうでした。后に先立たれ、一粒種のあの姫が王の唯一の弱みと見える」
「いくらなんでも範疇外だ」
「それにしては随分と仲良くやっていたではありませんか。途中ふたりで祭礼を抜け出したりして。王への言い訳が大変でしたよ」
「8才の姫君と逃避行?アンタのたらしぶりも、既に犯罪者の域よね〜」
リュミエールとオリヴィエはまだ執拗にさっきの話題だ。まったくこいつらときたら、そんじょそこらの女子供より噂好きで困る。
「宴にすっかり退屈しきった姫の方からのお誘いだったんだぜ?たとえ幼くとも、レディからの申し出を断るのは俺の主義に反する」
「へー、アンタが八つの子供にイニシアチブ取られてんの。おっかし〜〜〜〜。宇宙一のプレイボーイの名がすたるねぇ」
「本当に」
さもおかしそうに笑いを堪える二人。オスカーは歩みを止め、振り返った。
「そういうくだらない事いつまでも言ってるとな、聖地乗っ取られるぜ」
「はあ〜?誰が乗っ取るっていうのよ」
「さっきからお前らがネタにしてる姫君さ。あんまり馬鹿にすると自分が王様になった暁には聖地に攻め入って守護聖みんな従えてやるってな」
彼女を知るリュミエールは、その姿を思い浮かべているのか目を細める。
「可愛いことを。でも、あの姫ならそのくらい言うかもしれませんね。物怖じしない気の強そうな瞳を思い出します」
「やれるもんならやってみろって、こっちは楽しみにしちゃうよねえ」
オリヴィエも見知らぬ少女の言葉に、穏やかに微笑んでいる。
「そーいうことでもあればちょっとはこの退屈な毎日にも活気が出るってもんだよ」
「・・・・・・・・」
「オスカー、何黙ってんの?思わずかーわいい笑顔でも思い出してぼーっとしちゃった?」
「好きに言え」
先に行く、とオスカーはわざとらしい早足で、あっと言う間に二人を後にした。
置いてけぼりの二人は顔を見合わせる。
「・・・あれれ・・・結構マジ?」
「まさか」
「わかんないわよ?アイツ結構ロリコンの気あるからさあ、本気だったりしてー」
「オスカーには幼い弟妹がいましたから、重ねているのでしょう。本当に無邪気で愛らしい姫でしたし。王の・・・いえ惑星中から愛を受けて育ったような」
リュミエールが先ほどとは打ってかわってフォローにまわる。
「短い滞在期間、彼女はオスカーにべったりで私は親しく話す機会すら無かったですが」
オリヴィエは意外そうだ。
「あら、ここじゃガキ担当はアンタなのにねー。珍しい。あんな三白眼の男のどこが気に入ったんだか、その姫君も」
「お父上・・・その王にどことなくオスカーが似た雰囲気だったからかもしれませんね」
「いやあね、シスコンとファザコン?お似合いっちゃお似合いだけども〜恋愛としてはちょっと歪んでるわ、それ」
「お相手の姫が未だ八つだということ、既に忘れてますね?オリヴィエ」
「あ、そっか。つまんなーい」
「そうですか?私は思ったよりは面白い反応が見られたと思っていますが」
事も無げに言うリュミエールに向かって、オリヴィエは真剣に言った。
「・・・・真顔でアイツからかう癖も程々にしとかないと、そのうちブチ切れるよ、オスカー」
「それは怖い。血が上ると前後不覚になるタイプですから、何をされるかわかったものではない」
しばし黙る。その後の爆笑。彼らは愛すべき同僚の後を追うために、その歩みを早めた。
報告を終え、私邸へもどる馬車の中。オスカーは背もたれにぐっと重心を置き、窓の外の聖地の風景を、何を見るとも無しに眺めていた。
オスカー様、聖地とはどのような場所?
風に紛れて、不意に耳元に幼い少女の声が蘇る。
好奇心にくるくると色を変える大きな緑の瞳。子供らしく緩やかに結われた豊かな銀の巻き毛は腰まで落ちて、軽やかな足どりに合わせて踊るように揺れる。
木々の合間に彼女の姿が見え隠れするような錯覚。オスカーはそのまま、まだ色鮮やかな記憶を脳裏に思い起こしていた。
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