「あのー・・・オリヴィエ様?」
「何?アンジェリーク」
「アヌーシュカに着いて、もう4日目ですよね?」
「そーねー、もうそんなに経つわねえ。ここは時計無いと時間がよくわかんないから、あんまり意識しないけどねえ」
 書類に目を離すことなく、なおかつ呑気に応じるオリヴィエに、がっくりと肩を落とすアンジェリーク。
 アヌーシュカには無事到着した。調査もある程度予定通り進んでいるらしい。ただ・・・。
「私・・・・何しに来たのかわかりません!」
 急な大声に驚いて、オリヴィエは膝の上に書類をおき、きちんとアンジェリークの方へ向き直った。
「ストレスためなさんな、アンジェリーク。しょうがないじゃない、着いた途端にものすごいブリザードで、到底外には出られないんだもの」
「わかってます、わかってますけど・・・。皆さん、オリヴィエ様も忙しそうに仕事なさってるのに、私だけ何にもすることなくて。何だか申し訳なくって」
 泣きそうである。既に子供をあやす気分のオリヴィエだった。
「うーん、ごめんねー。いつこの吹雪が収まるかわかんないから、今のうちできることはすましちゃえって事でね。多分あと一日くらいで外には出られるようになるよ。ちょっとばかり空は明るくなってきたし」
「・・・これで明るくなってきたんですか・・・・・」
 アンジェリークは外の景色を見やった。到底そうは思えないほど、暗く重い色をした空。荒れ狂う風と雪。せっかく異星にきたというのに、風景らしきものはまったく見えない。これでは女王候補としての見聞など広めようもない。
 深くため息をつくアンジェリーク。そんな姿がいささか気の毒に思えたオリヴィエは、立ち上がり、近くにいた研究員に少し指示を残すと、
「じゃあ、お茶でも飲みに行こうか」
と言って、アンジェリークを促した。
 二人は連れだって、探査基地内にあるティーラウンジに向かった。
 この探査基地は、短期間の滞在になら耐え得る設備も併せ持っている。今回のアヌーシュカでの調査も、この探査基地を拠点に行われる。惑星に到着してもオリヴィエやアンジェリークはホテルに泊まる訳ではなく、この基地の中でそのまま一週間を過ごす予定であった。中はかなりの広さで、あらゆる設備が整っていた。アンジェリークやオリヴィエ、調査にあたる研究員の一人一人に十分な個室が与えられていたし、娯楽施設やレストランなどもあった。
 二人が向かったティーラウンジも、その設備のひとつである。ここはわりと広めのスペースがさかれていて、基地内でいろいろな仕事に従事する者達の憩いの場も兼ねているようだ。思い思いに休憩をし談話している人々で賑わっている。
 彼らと少し離れたところを選んで、オリヴィエとアンジェリークは座り心地のよい椅子に座った。オリヴィエは手際よく近くのウェイトレスに紅茶をふたつと、ケーキをひとつ注文した。
「ここの紅茶は結構本格的だって評判なのよ。一回飲んでみたいと思ってたのよねー」
 にこにこしながらオリヴィエは言った。
「ここね、夜になるとティーラウンジの営業は終わっちゃうんだけど、ほら壁一面窓だから見晴らしが良いでしょ?夜とか結構ここの人達の格好の逢い引き場所なんだって!飛空都市でいうとこの森の湖みたいなもんだね」
「見晴らしが良いって・・・・何も見えませんよ?」
「今はね・・・外は猛吹雪だし。でもそれがおさまれば外の景色が見えるよ。・・・ま、アヌーシュカには見るもんなんて何も無いけど」
 そう言ったオリヴィエの顔が少し曇ったことに、アンジェリークは気付かなかった。丁度オーダーが運ばれてきたのだ。
「きゃあ、美味しそうなケーキ!」
「あっはは、アンタってほんと素直だねー」
「いただきまーす!」
 ケーキを一口口に入れる。何とも言えない幸せな味がいっぱいに広がり、アンジェリークの少しばかり滅入った気分を一気に払拭した。しょせんあなたはそんな程度の人間なのよと、呆れるロザリアの声が聞こえてきそうだ。
「おいしーい!」
 満面笑顔の目の前の女王候補を微笑ましく思いながら、オリヴィエはふと窓の外の白に目をやった。あと数時間で、しばらくぶりの故郷が姿を表す。
 別に関係ないけどね、もう。オリヴィエは心の中で呟いた。

アッという間にケーキをたいらげ、一息ついたアンジェリークは、今更ながら真面目な面もちで聞いた。
「オリヴィエ様。今回の調査は順調なんですか?」
「うん、一応ね。実地の調査が全部後回しになってるけど。でも期間内には滞り無く終わる筈」
「あの・・・星の発展や状態に問題がないか定期的に調べる調査だっておっしゃってましたけど・・・」
 アンジェリークは意を決したような瞳でオリヴィエを見上げた。
「そういう調査は毎回守護聖様が同行なさるんですか?」
「いや。毎回ではないね。基本的に私達は聖地を離れられないから。飛空都市に一時的にいるのも特別な話なんだから」
「・・・・なら、何故今回は・・・・?」
 オリヴィエは言葉に詰まった。ここで事情を話すべきか?それとも言い逃れるべきか?女王候補として、この問題を考えるのは悪いことではない。むしろ考えてしかるべきだ。しかし、それはあくまで自分で気付いて、というのが理想的だ。ここで逐一アンジェリークにだけ事情を話すことは、今後の女王試験にも関わってくる重要な問題だ。彼は、取りあえずかわすことにした。
「うーん、そうね、たまには里帰りもいいんじゃないかっていうことかもねー。そうは言われてないけど。ま、アヌーシュカはあんまりにも辺境で、データ自体もすごく少ないから、出身者がいると便利ってことがあるのかもねえ」
「そうなんですか。・・・明日は外に行けますか?私、いくらなんでもこのままじゃ、帰ってディア様に見せる顔がありません。せっかく見聞を広めてこいって言われたのに、探査基地の中でオリヴィエ様とお茶飲んで過ごしてた、なんてことがバレたら・・・」
「あははは、そりゃそーだわ。大丈夫。あと数時間で吹雪はおさまるよ。そうしたら明日には小型探査機で外にも行ける」
「楽しみです!どんなところなんでしょう、オリヴィエ様のお育ちになった星は」
「・・・・大したとこじゃないよ」


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