●リクエスト小説
『EVERYBODY SINGIN' HAPPY SONG』02
「ここ、どこだと思う?オリヴィエ・・・」
「アタシに聞かないでよ、そんなこと」
二人は、まったく見知らぬ場所の道ばたに、途方に暮れて座っていた。不用意に呼び出した霊魂を怒らせ、しまいにはこんなことになってる自分たち。まったく何から憂えていいのかもわからない程の事態だ。
「あのコの故郷なんじゃないの?・・・母星系宇宙外だって可能性、大アリだわね。あ〜あ・・・帰れるのかしら、無事に」
「さあな」
その後の二人の口からは、溜息しか出なかった。好奇心旺盛、どんな状況でも楽しめる享楽的な性格のこの二人でも、この事態には絶望してしまっていた。きっとこの星では、「女王」も「守護聖」も「サクリア」も、その言葉自体何の意味もなさないだろう。打つ手の何一つ、思い浮かばない。
「なんか、腹減ったな・・・」
オスカーは静かに唸る腹部をさすった。
思えば日の曜日だったのだ。いつも生真面目な俺様としては珍しく、久々に何の予定もいれず、心ゆくまで惰眠をむさぼろうと朝食も食べずにベッドにいたのだ。そんなところにオリヴィエが飛び込んできて・・・。
そこまで考えてオスカーは思索を止めた。他人のせいにしてはいけない。すべては自分で選び取った運命だ。ここに自分がいることは、己の責任だ。オリヴィエのせいでも、リュミエールのせいでも、幽霊のせいでもなく、自分、自分の。しかし、俺は別にこっくりさんなんかに興味は無かった、占いなんて女子供か後ろ向きな大男がやるもんだ・・・俺はそんなもの必要なかったのに・・・。
「何ぶつぶつ言ってんのよっ!!」
すっかりトリップしていたオスカーの耳にオリヴィエの声が響く。
「あんたの考えてることなんかお見通しなんだからねっ。・・・ったく男らしく腹決めたらどーなのよ!」
・・・こいつにだけは男らしさを諭されたくなかったぜ・・・。
「ぬぁ〜にぃ〜〜〜〜!!!!?」
「何か・・本当に筒抜けだな・・・」
「アンタが単純だからよっ。・・・ま、くだらないことで喧嘩してる場合じゃないか。確かにお腹はぺっこぺこ。どっかにお店とか無いかしら??」
「・・・・店・・・・・」
そこまで言ってはたと気が付く二人。言うまでもないが・・・一文無しだ。店があったところで入れない。大体、通貨自体わからない。
急に空腹が増した。それはもう耐えきれないほどに。そして、飢えは人の心を貧しくさせる。
「食い逃げ、か?」
「それは・・・・・・お店見つけてから考えましょ」
二人は立ち上がった。
ひとしきり歩くと、ちょっとした公園のような場所にでた。この星も休日なのか、多くの人で賑わっている。大きな池があり、ボートが多数浮かんでいる。小さな出店が点在していたが、そのどれもが良くて軽食を出すだけの簡易的かつみすぼらしいものだった。
「こーゆートコ、やだからね」
オリヴィエの美意識が許さないらしい。いや、美意識以前に、こんな店で食ったもんでさえも食い逃げしなければならないというのは、守護聖のプライドにもかかわる。食い逃げを念頭においてプライドを云々言うこと自体、矛盾しているが。
二人は池を横切る為の橋を渡った。そこにはなお一層人がたまっていた。大道芸人や、地べたに布を引きジャンクなアクセサリーなどを売る者、そしてそれを眺める者・・・。
「オリヴィエ!名案思いついたぞ!」
「何、何よー」
「・・・お前のその・・・じゃらじゃら付けてるやつ、換金しよう」
「え?」
「ほら、みんながしてるように、ここに座ってだな・・・」
「いやよー!!大体ね、私の付けてるもんは高級品なのよっ、こんなヘボ手作りのアクセサリーとは違うんだからね。一緒にしないでよ!!」
オリヴィエの大声は周囲の顰蹙を買いまくった。あからさまな視線にさらされる二人。彼らはそそくさと、公園を出る石段を逃げるように駆け上る。
上った先は、空腹の二人にとって試練の場所だった。食べ物屋がこれでもかと並ぶ通りだったのだ。店先からは種種雑多な料理の匂いが漂う。二人は我慢の限界だった。が。
食い逃げをするに問題がひとつあった。
「俺達・・・目立ってるな」
「・・・かなりね・・・・」
冷静かつ客観的に考えてみて、極彩色と真紅の髪をした外人大男二人、というコンビはあまりに周りから浮き立っている。普通、見るなったって見てしまうのが人情だ。これでは店を出たあとどれだけダッシュをかけようが、逃げ切れるものではないだろう。
二人は人を避けるように、道を一本はずれ、先ほどの通りよりは少しだけ人気の無い道に逃げ込んだ。何をしたわけでもないのに、情けなく逃げてばかりの二人だった。
「聖地が日の曜日で良かったわ・・・服装としてはこれでもまだ、この星の人間とそうは変わんないしね・・・」
「いや、お前が執務時の格好してたら、逆にひいてくれたんじゃないのか」
「・・・人のこと言えるとでも思ってんの」
食い逃げの道は断たれた。失意のふたり。いや喜ぶべきことだ、本来は。
やはり何とかしてこの星の通貨を手に入れるしかない。しかしオリヴィエが断るまでもなく、さきほどの公園に戻ってオリヴィエの宝飾品を売るという案は少々地道すぎた。
「こーゆーときは人に聞くのが一番よね・・・すいませ〜〜〜ん!そこの人ー!」
オリヴィエは誰とも無しに通行人に声をかけた。振り向いたのは中年女性だった。こういうとき、おばちゃんは何故か反応が早い。
「あのう、ここらへんですぐさま宝石なんかをお金に換えてくれる商売なんかしてるトコ、無いかしら〜〜〜?ワタシタチ、とても困ってるんですー」
「あ・ああ、質屋さんのこと?それならこの道の先に一軒、マルヤっていう・・・」
「ありがとう、レディ!」
オスカーは礼のかわりに、彼女の手を取りその甲にとっさにキスをした。ここらへんはもう彼にとって反射神経の支配する部分なのだろう、相手が女性であれば。驚き言葉を失って立ち尽くしている彼女を後目に、二人はとっととその質屋に向かった。
「交渉とかできるのか?オリヴィエ。大体、俺達この星の経済レベルも知らんし・・」
「なんとかなるわよ。ま、黙って見てて」
がらり、と引き戸を開ける。小狭い店内に店主らしきオヤジが一人座っているだけだ。
「ねえ、この店で一番高い指輪、見せてくれない」
「はあ」
唐突ではあったが、店主は何も言わず店の奥から小さな箱を取り出してきた。オリヴィエはそれを舐め廻すように見、さっさと突き返す。
「ありがとう。これがそーゆー値段で取引されてる訳ね」
「お買いあげで?」
「ううん、換金しに来たのよ」
オリヴィエはそう言いながら、自分の指をしばし見つめる。そしてひとつ指輪を引き抜いて差し出した。
「これ、見てくれないかしら」
店主はそれを受け取ると、ルーペでのぞき込む。表情が一変し、真剣な眼差し。
「顔色が変わったわねー。目が高いじゃない、結構」
オリヴィエは満足そうだ。オスカーはただ黙って傍観していた。
「・・・・いくらお入り用で?」
「そうねーえ。さっきの指輪の・・・倍」
「倍!そ・それはちょっと・・・・」
「そうかなーあ。すっごくそっちに有利な取引だと思ったんだけど・・。それじゃしょうがないか、またの機会に・・」
「わかりました!すぐに!!」
店を出たオリヴィエの手には札束が握られていた。
「お見事」
オスカーはオリヴィエの手腕に素直に感嘆の拍手をした。
「ま・・・ちょいと惜しかった気もするけど。背に腹は代えられないってことでね」
オリヴィエはにやりと笑った。
「オスカー、この先アタシの言うこと、ぜ・ん・ぶ!聞いて貰うからね」
喜んだのも束の間のオスカーであった。金がないのは首がないのと一緒だ。しかしそれでも腹は減るのだ。何か遠い目になる炎の守護聖だった。
「さあーて。これ結構な金額なんじゃない、おなかいっぱい美味しいもん食べよ〜!!」
何か既に、自分らのおかれた深刻な状況を忘れている二人であった。
「オリヴィエ!何が起こった!!ここを開けるのだっ」
「音の割にはどこも壊れてないようですけどもー。ご無事なのですか〜?いるのなら返事をしてくださーい」
オリヴィエの部屋のドアが荒々しく叩かれ、そのドア越しにジュリアスとルヴァの声が聞こえる。爆発音を聞きつけて飛んできたらしい。
先ほど起こった出来事に、呆然としていたリュミエールは、その声ではっと我に返った。逃避している場合ではない。
「リュミエール・・・何故そなたがここに?オリヴィエは??」
開けられた戸口に現れた姿に意外な顔をするジュリアスとルヴァ。
「・・・ジュリアスさま・・・ルヴァさま〜〜〜〜!も・申し訳ございません〜〜〜」
「何のことです、リュミエール。いきなり謝られてもー」
「私が・・・私が悪いのですっ・・・二人は私のせいで・・・」
「二人?誰のことだ?・・・有り体に申せ!!さあっ!!」
ジュリアスは早くも怒りモードである。リュミエールが卑屈に平謝りなので、つい何もわからないうちから怒ってしまうところが彼である。リュミエールは益々萎縮する。
「まあまあジュリアスー。そんなに今から怒らなくてもー。・・・とにかく話を聞いてからにしましょうよー」
「・・なんっ・・・!」
状況説明を受けた光の守護聖は、あまりのことに言葉を失った。
「申し訳ございません・・・・。どのような罰も受ける覚悟です・・」
リュミエールの声はすでに消え入りそうな程弱々しい。
「罰などと・・・。しかしー・・・あれほど止めたのに・・・いや、私も悪い、あなたにそんなことを教えたのは私なのですから」
「ルヴァが謝っても何にもならぬ!!!リュミエール・・いやオリヴィエもオスカーもだ、軽率すぎるっっっ!!そなたらは自身の立場をどのように考えておるのだっっっ」
息も絶え絶えになるほど、怒鳴り、怒り狂うジュリアス。しかし彼をおさめるのは難しかった。守護聖が二人も、しょーもない理由で聖地から失われたという事実は、あまりにも重たい。
「・・・私が悪いのです、すべて・・・どうか二人をお責めにならないでください、ジュリアス様。・・・ああ、私さえいなければああああああああああ」
どこからともなく取り出した短刀の切っ先を、喉にあてがう水の守護聖。
「わーーーーーーっ!リュミエール、やめろっ!!!落ちつけ!!」
ひとしきりのもみ合いのあと、短刀は床に落ち、水の守護聖はさめざめと泣き崩れた。
「そなたが命を断っても余計迷惑なだけだ、愚かな真似はよせ」
「そうですよ、リュミエール。 死んで花実は咲きませんしー取りあえずは解決策を見いだしてからにしてくださいよー」
全然フォローになってない、先輩守護聖達の言葉だった。しかしお陰で、場は本来の方向性を取り戻した。
「・・・しかし・・・どうしたらよいのか・・・肝心の霊魂も消えてしまったし・・・」
考え込む3人であった。とにかく二人の居所を突き止めなければ。
「あ!庭園の噴水を覗いてみるってのはどうでしょうかー!!」
ルヴァが提案する。3人は取りあえずその言葉に従うことにした。
庭園は今日も呑気に晴れ渡っている。日の曜日ということもあって、人々が歓談し、よりいっそう華やかに賑わっている。その場所に、眉間に皺を寄せド暗い顔をした3人の守護聖はあまりに不似合いだった。
「上手く行くと良いのですがー」
上空から降り注ぐ水滴を受けて、ちりめんのような波紋を作る水面を3人はすがるような気持ちでのぞき込んだ。
おぼろに見慣れた炎と夢の守護聖の姿が浮かび上がる。
「ああっ!オスカー!オリヴィエっっっ!!」
(リュミエール??)
しかも声つき!・・・喜びいさんだのはリュミエールだけだった。ジュリアスとルヴァには姿は見えど声は聞こえないらしい。これは・・例の心の会話!まだイケてた!!
(なんでー言ってることわかんの〜すごーい!助かった〜〜〜〜〜)
「いや、まだ助けられると決まった訳では」
(・・・・どうしてお前はそういうことを言うんだよ・・・)
「申し訳ありません・・つい。で、今どこにいるんですかー」
(どこかはわからん・・・文明は発達してるが・・おそらく母星系外だと)
「何か手がかりになるようなものは?」
(ううーん、池のある公園の側にいるんだけど・・・手がかりって程のものは)
「そうですか・・・わかりました。連絡が取れることだけでもわかってよかった。こちらでも調べてみます」
(頼むわーーーー)
(ジュリアス様にはくれぐれもばれないよーになーーーー!)
・・・オスカーの願いは既に破られている。彼にとっては譲れないポイントであったろうに・・・切ない。しかし、リュミエールとしては前を向くしかない。怪訝な表情で見守る光と地の守護聖に向かって、今の心の会話内容を、オスカーの最後の台詞だけを除いて、彼は一言もらさず伝達した。
「さて。手がかりまったくなしですかー。母星系の惑星ではないということはー」
「正攻法ではおそらく無理、ということだな」
「そのようですねー。大体、連絡方法も何だかアレですし・・・やはりこの世ならぬものが関わってるからなんでしょうかー。興味深いですねーいろいろ調べてみたいものです」
「ルヴァ様、個人的な欲求は今は抑えてください」
「この世ならぬもの・・・・それならばあやつの範疇ではないのか!?」
この聖地にもそれ専門の担当者がいるではないか。言わずもがな、闇の守護聖。3人は彼の元へとダッシュした。
「・・・何用だ。日の曜日まで職務怠慢を取り沙汰されることもなかろうに」
クラヴィスなりに休日を満喫していたらしい。唐突かつ悲痛な面もちの3人にそれを邪魔され、いささか不機嫌なようにも見える。ま、いつもこんなもんだが。
「申し訳ございません、せっかくのお休みのところを」
「謝ることはないっリュミエール、非常事態だ!こやつにも協力する義務があるっ」
「職務怠慢どころか、休日出勤って感じなんですがー。お願いできますか?」
クラヴィスは目の前で繰り広げられる騒々しい会話に既に辟易していた。
「・・・・断る余地など最初から無いように思えるが・・・」
「くっ・・!どうしてそなたはいっつもいっつもそうなのだーーーっ!急ぎなのだっ!!!見てわからんのかっ」
「・・・・私にわかることは・・・そなたの怒る姿は何故かいつも笑える、ということくらいか・・・」
リュミエールとルヴァは、無意識に、しかもトロい二人にしてはそれはもう瞬時に、ジュリアスの両腕を押さえた。
「そなたはっ、そなたはっ!!!」
取り押さえられながら光の守護聖は叫んだ。
「点々を付けずに喋ることはできぬのか〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
論点がずれ始めている。早いところ本題に入った方が宇宙の為だ。
「私の水晶球は・・・失せ物探しはできぬ」
(わかっとるわ〜〜〜〜〜〜っ!)
もちろん、この心の叫びはジュリアスである。
「わかっております、クラヴィス様。しかし・・・他に手だてが」
「とりあえず、やってみるだけやってみてはくれませんかー。何か手がかりくらいはつかめるかもしれませんしー」
リュミエールとルヴァの必死の懇願に負け、それでも大きな溜息をこれみよがしにつき、クラヴィスは手元の水晶球を覗いた。果たして上手く映し出されるだろうか。一同は息を呑んで見守った。
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