小説『薔薇色の日々』              04

 オリヴィエが早々にやって来ても、オスカーはベッドに身体を投げ出したまま起きあがる気さえない様子だった。
「ちょっと〜お。そういう態度盛り下がるじゃないさ。・・・今日もワタシが合い言葉言わなかったこと怒ってんの?」
「うるさい。・・・・考え事してるだけだ」
「考え事?馬のこと?」
「馬鹿か!」
「じゃー何よ。アンリはシロだってんでしょ?何も知らないおぼっちゃんだってアンタも」
 そこまで言いかけた時、扉が開いた。リュミエールだった。彼はどうやら走ってここへ来たらしい、息も荒く肩を上下させていた。扉を閉めるやいなや、口を開く。
「オスカー、オリヴィエ、・・・とうとう・・・それらしき」
「見つかったの??」
「見つかったのか!!!!」
 二人は一斉に、彼を見た。
「いえ・・・そうではないんですが」
「なんだ」
 オリヴィエが勝手知ったるとばかりにコーヒーを注いで、リュミエールの前に置いた。オスカーもようやっとベッドから起きあがりテーブルにつく。
「へー。あの塔が宝物蔵だったんだ、気付かなかったねぇそれは」
 オスカーに至っては塔の存在すら知らなかった。ちょうどここからは死角に入る位置にあるので無理はない。
「しかしよくやった、ありかさえわかれば十分だ、今からだって・・・」
「それが・・・・」
 逸るオスカーをリュミエールが制した。
「中に入れないのです」
「そりゃ一応宝物蔵だ、鍵くらいかかってるさ!城のどこかにあるだろう、そのくらい」
「鍵は当然かかっていると、領主もそう言っていました。ただ、その鍵はいつしか失して、元より興味も無いとそのままにしてあると、こう言うのです」
「なかなかすんなりは行かないもんだねぇ」
「ただ・・・今領主の手元に無いとはいえ、鍵があるということは・・・鍵さえ手に入れば」
 リュミエールがそこまで言った時、オスカーが急にリュミエールの口に手をかざし、黙れ、と無言で合図した。それとほぼ同時、オスカーはテーブルを踏み台にして一気に扉前まで、飛んだ。そのアクションには驚くほど音が無かった。オスカーは目にも止まらぬ速さで扉を開け放ち、人影を部屋に乱暴に引き入れた。もんどりうって床に倒れ込む、男。
オスカーに押さえ込まれ、それは身動きひとつ取れない。
「・・・・寒いのにご苦労だな、若様」
 炎の守護聖の言葉に、オリヴィエとリュミエールは思わず同時立ち上がった。

「あ・・・あなたがた3人とも顔見知りだったのですね・・・私はすっかり騙されて」
 椅子のひとつに縛り付けられた状態で、アンリは言った。
「そうは言いつつ結構早々に気付いたアンタ、大したもんだよ?褒めてア・ゲ・ル!・・・そのことだけはね」
「オスカー、縛りつけたはいいものの、これからどうするつもりですか」
 リュミエールの心配げな顔に、オスカーは平然と言った。
「協力願うしかないだろう、このまんまコイツを横に寝起きするのはゴメンだ」
 気付けば既にこの3人、今までの設定をまるで忘れている物言いであった。主人を縛り付けた段階で、潜入の設定など意味は既に無いものではあったが。
「でも大丈夫〜?下手に騒ぎ起こされたら困っちゃうし〜」
 オリヴィエはアンリの後ろ髪を三つ編みにして遊んでいる。
「よけいなお喋りしないように、少々念押ししておくか?」
 わざとらしく指を鳴らすオスカーに、水の守護聖の眉根が寄る。
「暴力は好みません。・・・あなた」
 リュミエールがアンリの前に歩み寄り、話しかける。
「このことを知っているのはあなた以外に・・・」
「私しか知りませんっ!ここへ来たこともすべて、城の者誰ひとり・・・本当です、本当です!」
 あまりにあからさまに脅えの表情を見せられ、少々内心憤慨するリュミエールである。
「大胆に単独で乗り込んで来たわりには、無防備じゃないか」
「ほーんと。何で黙って来たの?夜のお散歩がてら使用人の部屋の前で立ち聞きするのがシュミなわけ?」
 アンリは俯いたまま、呟くように細い声で弁明する。
「いいえ・・・私は・・・オスカーに・・・相談したいことがあって・・・。まさかあなた方がこうして一緒にいるなど思ってもみず・・・」
「本当ですか?オスカーに相談など、あまり通常の考えでは」
「きゃはは、リュミちゃん、ツッコミはやすぎ〜〜!!」
「お前等、イイカゲンにしろ!・・・で、何だ。俺に相談?」
「・・・ええ・・・はい」
「言ってみろ」
「オスカー・・・自分を縛り上げた者に対して相談など、通常の考えでは」
「遊びじゃないんだぜ、リュミエール。これは『尋問』だ」
 遊びでないどころか、この状況は十分に窮地と言って良かった。事と次第によっては今後に関わる。オスカーの言葉以前に、オリヴィエとリュミエールにもそれは重々承知のことだった。
「相談とは・・・父と母のことです」
 アンリは意を決したように顔を上げた。
「この歳で、幼い子供のような言いぐさとあなた方は笑うかもしれませんが・・・私は父と母とともに暮らしたい。家族助け合い慈しみ合って過ごしたいと、もうずっと長い間望んでいます。私の唯一の望みだと言ってもいい。もちろん今までもいろいろ手を尽くしてきました。しかし一向に二人が和解する気配はない・・・いいえ、いがみ合っているのなら仕方ないことと私も諦めます。でも、父も母も・・・」
 リュミエールがアンリの言葉を継いだ。
「ただ単にきっかけを失っているにすぎない、と、そうおっしゃりたいのですね」
「そうです、そうなんです!」
 嬉しそうに声を大にするアンリに、リュミエールもまた微笑んだ。
「何となく、お父上を見ていてそう思っていたところでしたから」
「ああら、それならワタシだって感じてたさ、マーゴットを見てね。素直になれないスジガネ入りの意地っぱり。どうせ別居の原因だって元々大した話じゃないんでしょ?」
 領地を広げることしか頭に無かった若きガストンはあまり家族を顧みるということはせず、ちやほやされることに慣れて育ったたマーゴットにはそれが我慢ならず。故にアンリが生まれてまもなく、居を別にしてしまったらしい。よくある話だった。
「私は跡取りということもあり、父の居城で育ちました。もちろん母の元へも通いましたが」
「で、どっちにつくわけにも行かずアンタも今は、ってわけなんだね」
 アンリは深く頷いた。その落とした肩に手をかけるのは優しさを司る水の守護聖である。
「辛い立場なのですね。幼い子供のようだなどと、私は思いません。いつの世も親子の愛や絆というものは、せつないまでに深いもの。きっとご両親とも、あなたと同じ心でいるはずです」
「ありがとう、そう言ってもらえて救われる気が」
「・・・・盛り上がってるとこ、悪いんだが」
 アンリの言葉を遮って、低い声が響く。今までずっと静観していたオスカーだった。
「聞いていいか。それを何でこの俺に相談しようとしてたんだ?きっかけを画策するに俺の立場は不適当だ。それこそコイツ等の方が」
「それは・・・事を急ごうと思わせたのが実にこのお二方だったからです。ご本人を目の前に失礼ながら・・・口さがない使用人達が日々噂することに・・・やはりいてもたってもいられず」
 アンリは濁して言ったが、この二人が両親の情人ではないかという噂は確かにオスカーの耳にも届いている。もしそれが本当なら、当然家族で住むなどという可能性などまったくなくなってしまう。それで慌てて手を高じようとした、とアンリは言った。
「私には相談をする同年代の友人というものがいません。まだ出会って日が浅いあなたと私ですが、何となく・・・何か力となるようなことを言ってくれるのではないかと勝手にそんなことを思って。誰かにこの心情を言いたかった、それだけであったかもしれません、今夜ここへ来たのは」
 アンリは、オスカーだけを見て、言った。
「あなた方が宝物蔵にある物が欲しいというのなら、いくらでも差し上げます。よもや私達の命までも取ろうとしているわけでもないでしょう?あなた方の素性も問わぬまま、私は口を閉じましょう。その代わり、協力しては貰えませんか。私のこの小さな望みのために」
「取引、か」
 オスカーは、オリヴィエとリュミエールを見た。考えは既にひとつである。
「悪くない提案だけど、あとちょっと何か無い?」
「こっちにもいろいろ事情があるしな」
「あなたの言葉を信じたい気持ちからでもあるのです」
 アンリは少し考え込んで、ゆっくりと口を開いた。
「そう・・・たとえば・・・先ほどあなた方が会話していた・・・塔の鍵について心当たりが。昔、母から見せられたことがあるのです」
「マーゴットから?」
「これはお父さまから預かった大切な鍵なのよ、と、そんな風に。父はある意味常に危険に身を晒していたわけですから、万が一の時にはと宝物蔵の鍵を渡していたのでは。父が失くしてしまったのなら、今は母の手元にあるものだけ・・・。きっとあります、母の身近に」
 オリヴィエの方向に一斉に視線が行く。
「・・・あ〜はいはい、その先はワタシにやれってーのね」
 彼は面倒くさそうにコーヒーを飲み下した。
「でもまあ・・・あるってわかってるもんを探すのは、今までよりはストレス無いね」
「よし。その情報でバーターといこう」
 オスカーは即座にアンリを縛る縄を解いた。
「裏切りの代償は大きいってこと、忘れてくれるなよ」
 オスカーの念押しに、手首に強くついた跡をさすりながらアンリは頷いた。リュミエールがきついオスカーの語調を和らげるように声をかける。
「窮屈な思いをさせて申し訳ありませんでしたね、アンリ。私達への協力も感謝します。・・・私達がどれだけあなたの望みに添えられるかわかりませんが、それも努力しましょう」
「ありがとう。協力してくれとは言っても、結局最後は家族の問題です。大丈夫です、あなた方がいらしてから本当に父も母も人当たりがやわらいできた・・・既に効果はあるのです。このまま今しばらく・・・事情をわかった上で父と母に接していただければ自ずと道は開けるのではないかとも思っています」
 アンリは立ち上がった。
「もうすぐ夜が明けてしまう。私はもう行きます。これからは私がいくらでも間に立ちます。あなた方ももうすこし自由にこの城で行動できるようはからいますから。私も鍵のありかなど、それとなく調べてもみますから」
「そこまで悪いが・・・よろしく頼む」
「いいえ、何だか少し心躍ってもいるんです、実は。昔読んだ冒険物語のようで」
 そう笑って、彼は扉から出ていった。見送る3人に向かって、何度も会釈をしている姿がすっかり闇に溶けて見えなくなった頃、オスカーは扉をぴったりと閉じた。
「さて・・・急展開、だな。オリヴィエ、リュミエール?」

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