グループのボスは出かけたきりで、なかなか戻っては来なかった。
「ごめんね、リュミエール。すっかり足止めさせちゃって。朝までには戻ってくると思うんだけど・・・・」
「いいんですよ、ケイ。あなたのせいではありませんし」
恐縮するケイに、リュミエールは優しく微笑んだ。ケイはこの目の前の美しい青年の笑みに、年頃の女性らしくうつむき、頬を赤らめた。
狭いアジトで何ができる訳ではないと、さっさと横になってしまったオスカーとオリヴィエ、同じく我関せずと眠りに入ってしまったリューイ。ケイとリュミエールの二人だけは何とは無しに寝る機会を逸してしまったのだ。彼等の邪魔にならないよう、窓辺に椅子を置き、二人は外を眺めながら部屋の端に身を落ちつけていた。
「・・・・あの水筒、実は父親の形見なの。リュミエールに渡して帰って来ちゃった後結構落ち込んでさ。旅行者だし、帰り時間迫ってたらきっとあんな汚い水筒なんかそこらに捨ててっちゃうだろうなあって。また戻ってくるなんて想いもしなかった。ありがとね」
「お父上は亡くなられたのですか」
「うん。流行病でね・・・・。身体は丈夫な方だったんだけど」
そうしてケイはぽつりぽつりと話し始めた。ケイとリューイが生まれ育った村のこと。ここから遠く離れた小さな村。村中が家族同然に肩を寄せ合って暮らし、朝から晩まで一生懸命畑を耕し・・・。貧しくても、そんな生活はケイにとっては楽しかったとみえ、話す表情は明るい。親兄弟に囲まれ、くるくるとよく働く子供時代のケイを想像し、リュミエールも自然と顔がほころんだ。
しかし、次第にケイの声色が沈む。村を突然襲う流行病。適切な処置を施せば、なんてことはない病気も、医者も薬も無い場所ではひとたまりもない。アッという間に一人、また一人と命が失われていく。中央がやっと腰を上げ、措置を取った時にはすでにケイとリューイしか助からなかったという。
「田舎じゃ駄目だ、ここにいても仕方ないってリューイと二人都会に出てきたけど。身よりもない未成年がまともに暮らしていけるほど、ここは甘いところじゃなかったわ。騙されたり騙したり、そういう事にも慣れっこになって。そんなところを今のボスに拾われたの。渡りに船って感じだね」
リュミエールはケイの話を複雑な思いで聞いていた。ケイやリューイの気持ちは理解できる。都会で苦渋を舐める度、二人の心には政府への恨みが募っただろう。もっと早く、村へ救済措置が取られていたら、病院や薬があったら。このような事にはならなかったと思うのも道理だ。その経験から反政府派の運動に傾倒し荷担するに至るに、無理はない。しかし。このような、まだ若い者達が爆弾を作りそれをしかけ、日々追われる生活を繰り返しているのが彼にはとても辛く感じられた。
「あなたがたのお気持ちはわからないではないですが・・・・私は・・・人々がこのような争いを繰り返しているのを見るのは耐えられない。暴力からは何も生まれないと思っています。もっと話し合いの道などはないのですか?」
ケイは無表情で、リュミエールの言葉を聞いていた。
「ケイ、そんな奴のご立派な話聞いてないで寝たらどうだ」
振り返るとそこには、寝ていた筈のリューイが立っていた。声が怒りの色を帯びている。彼はリュミエールに向かって憎々しげに叫んだ。
「話し合い?暴力からは何も生まれない?・・・呑気に遊びに来た先で無責任に言いたい事言ってくれる。見るに耐えないんだったら見てくれなくて結構だ。誰も頼んじゃいない!」
「リューイ・・・・私は・・・」
「都会にばかでっかい建物建てたり、何の意味もないバカ騒ぎの為に湯水のごとく使う金はあっても、田舎のちっぽけな村を助ける金はもったいない。ご愁傷様の一言くらいは言ってやってもいいって、そんな奴等と話し合ってなんかいられるかよ!一人残らず吹っ飛ばしたって気がすまないくらいだ。奴等はそのうち後悔するのさ、中途半端に仏心出して俺とケイを助けちまった事を。どうせならあんな村、皆殺しにしとくんだった、子供の二人くらい、ついでに見殺しにすりゃあ良かったってな!」
リューイの大声が響き渡る。リュミエールは何も返せなかった。ケイもまた何も言わない。心苦しい沈黙が流れた。
「・・・・・随分殺伐とした話してんのねぇ・・・・」
沈黙を破ったのはオリヴィエだった。これだけ騒いでいれば起きるのも無理はない。リュミエールとケイは口々に詫びを言った。一緒に起き出したオスカーは、寝起きばなで不機嫌なのか、詫びの言葉もろくろく聞かず冷ややかに言った。
「で?お前が作った爆弾で吹っ飛ばしそびれた奴が、またお前を吹っ飛ばしに来るのか」
リューイの言い分がまるで子供の戯言だと言わんばかりに、凍るようなアイスブルーの瞳で彼を睨みつけ、続ける。
「一人残らず殺っとけよ?いつまでもこんなことやってるのも不毛だからな。関係無い奴ばっかりに迷惑かけてるなんてことにならないように、期待してるぜ、坊や」
「オスカー!言い過ぎ・・・」
オリヴィエがたしなめるように口を挟んだその瞬間、オスカーの頬に平手が飛んだ。意外な展開に場の一同が息をのむ。奇襲の主はケイだった。
「・・・リューイの爆弾は、死人は出してないわ。関係無い人達を巻き込んだりもしてない。リューイは人殺しなんかじゃない!」
オスカーは、ケイの強い眼差しにひるんだ。その瞳は今にも涙が溢れそうだ。その様子にいたたまれなくなったのか、リューイはくるりと踵を返し、部屋を飛び出して行ってしまった。
「オスカー・・・庇って下さったのなら申し訳ないのですが・・・いくらなんでも」
リューイによって荒々しく閉じられたドアを悲しげに見つめながら、リュミエールが呟く。オスカーも言葉が過ぎた事をすでに反省しているようだ。
「すまなかった。俺が悪かった。奴に謝ってくる」
オスカーはリューイの後をった。
「ワタシも行くよ」
心配そうにたたずむリュミエールに、安心しろというウィンクひとつ投げて、直ぐさまオリヴィエも二人を追った。部屋にはケイとリュミエールだけが残された。
「あなたがたを傷つけてしまいましたね・・・。私が悪いのです。すみません」
ケイは、さっきオスカーの頬を打った右の手をじっと見つめていた。きっと彼女自身、思うより先に身体が動いてしまったのだろう。ケイの半ば呆然とした姿が胸に痛い。
「あんたのご友人は間違ってないよ・・・。リュミエールの言うこともすごくわかる。こんなテロが不毛なんだってこと。今の政府じゃ世の中はいつまでたっても良くならないけど、アタシ達のやり方が正しいかどうかってのは別の話。最初はボスの言うことも信じられたけど、別のグループの傘下に入って組織的に動くようになった最近は少し・・・違う気がしてる。初めの頃の気持ち、今もあるのかわからない。そんなアタシ達が今の政府に取って替わっても、やることは同じなのかもしれない」
ケイは部屋の中空を見つめる。人々の望みはただ一つ、幸福でありたいというだけなのに、なぜにこのように複雑に思惑は絡み合ってしまうのだろう。リュミエールは酷く苦しくなった。ケイが続ける。
「私ね、ちゃんと気をつけてるんだ、関係無い人がケガしないように。最初はボスも何も言わなかった、無血革命を気取ってたし、苦労して仕掛けるのも私、それを見つかって指名手配されるのも私だしね。でも最近はそうも言ってられないみたい」
ケイはそう言うと、今までになく強い意志を含んだ瞳をリュミエールに向けた。
「ここを離れる訳にはいかないの。私がいなくなったらリューイの作った爆弾が犠牲者を出す。リューイが人殺しになる。そんなことになるくらいなら、危険な目に合うことも追われる事も別にかまわない。リューイの作る爆弾だけは私がこの手で仕掛けたいの」
ケイの必死の形相に、リュミエールは切なくなる。悲壮なまでの想い。
「リューイの事を・・・愛しているのですね・・・・?」
「あっはは、イヤだ、リュミエール、そんなんじゃ・・・・」
ケイは笑ったが、その瞳からは本人の意とは反して涙がぼろぼろっと溢れ出た。
「・・・そうなの・・かなぁ?でも恋愛感情だとか思ってる余裕も無かった・・・村を出てからこっち、生きていくのに必死で。リューイの側から離れたくない一心で・・・・」
小刻みに震えるその小さな肩を、リュミールはそっと抱き寄せた。そして赤ん坊をあやすように少女の背中を優しくさする。こんな時はどんな言葉も無力なのだ。できることはこのくらいのことだと彼は思った。この星は長い間、こんな小さな少女が泣くだけの時間すら与えなかったのだ。ただ黙っていることにしよう。夜の静寂とこの星を照らす月の光だけが、今の彼女には必要なのだ。
この沈黙に、リュミエールはひとり祭の人混みの中での、あの感覚を思い出していた。鮮やかに両の瞼に蘇る故郷の海。なぜ忘れていたのか、その方が不思議なほどだ。
船に乗れずに何度となく置き去りにされる自分の姿、それはまさに今の状況と同じではないのか?そうリュミエールは思った。人工的に平穏に保たれた楽園で過ごす、途方もなく長い時間。あの海辺で感じた寂しさが、確かに聖地での自分を同じく支配している。あの白昼夢はその先の、守護聖となる運命を示していたのかもしれない。お前はいつまでもそこでそうして立っていろ、どこにも行けはしないのだ、と。
ケイやリューイに同情していたさっきまでの自分が滑稽だった。彼等のほうが、求めてやまない未来がある分、よほど幸せなのかもしれない。なにを偉そうに、とリューイが言うのも当然だ。そんな口がきけるほど、自分がいったい今まで何をしてきたというのだ。恵まれた力によって与えられた環境に安穏とする身に、彼等の渇望が真に理解できるなど、傲慢にも程がある。
こんな自分は船に乗れないばかりか、その姿さえもう見ることはできないのかもしれない。船は既に手の届かぬほど遠く、自分の存在など忘れ去っているだろう。
「リューイ!」
外の小庭で寄る辺無く空を見上げてたたずんでいた彼に、オスカーは声をかけた。
「さっきはすまなかった。俺が言い過ぎた。許してくれ」
「別にいい。俺は気にしてない」
リューイはそっぽを向いたままオスカーの謝罪に言を返した。その声音には自嘲の色がまじっている。
「こんなケチな星のケチな反政府運動なんか、主星のお方からみたらガキの喧嘩にしか見えないんだろうし。大体俺は運動のご立派な理念なんか、はなからどうでもいいしな」
彼は振り返り、オスカーとオリヴィエに向かって冷たく笑った。
「ケイはああ言ってたが、俺は人殺しになるのなんか平気だ。俺達の村みたいな運命を、今も辿ってる人間達の悔しさに比べたら、そんなことは小さい事だ。俺の手が汚れることで奴等が気付くんなら、後悔するんなら、いくらだって爆弾作ってやる。何もできないとたかをくくって呑気に祭なんかしてる奴等にバカにされてたまるか!俺とケイが今までどんな思いをしてきたか、思い知らせてやるんだ」
「ふ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん」
これ以上ないほどバカにした調子で、オリヴィエがリューイの言葉を遮った。
「随分かっこいいお考えだけど。そんで?あんたのしてることと言えば、こんなアジトでこそこそ隠れて爆弾作ってるだけだって?それ持って街に行って、苦労して仕掛けるのも、それ見つかって追っかけられるのもケイひとり。そりゃあちょっと役割分担不公平なんじゃない?」
リューイは返す言葉を失い、奥歯をぐっと噛みしめている。そんな彼に追い打ちをかけるオリヴィエ。その声は彼には珍しく大きい。
「甘えた寝言、言ってるんじゃないよ!あんたがそんなたいそうな演説ぶってられるのも、全部ケイにおんぶに抱っこしてるからじゃないさ。あれだけの威力の爆弾が、今まで軽いけが人しか出してないの、あんたは奇跡だとでも?ああ、それとも単にケイがのろまだから失敗ばっかしてるんだと思ってた訳か。随分呑気だねえ。あの子も可哀想、こんな甘ちゃんボーズの為に苦労したって何もわかっちゃもらえないんだからね!」
「おいおいオリヴィエ、言い過ぎだぞ」
「言い過ぎじゃない!大体ね、オスカー。あんたは人を甘やかし過ぎ!だからジュリアスだっていつまでたってもガキっぽい喧嘩クラヴィスに売ってるんだよ。こういうわからずやにはね、ガツンと言ってやんなきゃわかんないの!」
「そういう話じゃないだろーが・・・」
リューイにはすでに彼等の話は耳に入っていなかった。ただただ先のオリヴィエの言葉を反芻する。ケイが・・・自分のために・・・。
「リューイ。真面目な話、もう今までのようにはいかないんじゃないのか?」
オスカーの言葉に、弾かれたようにアジトの方へ駆け出すリューイ。場には二人の守護聖だけが残された。
「どういうことよ、オスカー」
オリヴィエが、オスカーの最後の台詞に反応した。オスカーは説明を始める。
「考えてもみろ。何の関係もない俺達がちょっと通行人に話聞いたくらいで捕まったりするのは、相当反政府派が行き詰まってる証拠だ。そりゃそうさ、何度爆破事故が続いても、人間には被害が出ないんだ、こっちの手口は向こうに知れてる。そんな甘いレジスタンスなんか舐められるに決まってるさ。壊れた物はまた金を出せば直る」
「じゃあ、ケイが・・・」
「ああ、相当立場が悪いだろう。見た所、短絡的で血の気が多い奴等ばっかりだったしな。ここらで『本気』見せないと納得しないんじゃないか?あの調子じゃ」
本気。見過してはいられないほどのダメージを相手に与えなければならない。今までの事が単なる前哨戦だったことを示さねばならない。・・・ケイがそんな殺伐とした前線に果敢に向かっていく。あの愛らしい少女が、大切な人の作った爆弾を手に携えて。
浮かんだイメージに、オリヴィエの胸はきりきりと痛んだ。
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