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(2章) 彼のインパクト…強烈すぎる風貌。 |
これは、自らが招いた事故による産物だった。
1967年7月29日、夏。彼の人生に大きな影響を与える日となった。
彼は、かなり裕福な家庭、あたたかい家族にかこまれて、恵まれた少年として育つ。中学に通う彼は成績優秀、活発でクラスのリーダー格、しかも心やさしく人気者だった。
夏休みに入り、1日中自由な時間を手に入れた彼はいつもなら友達とプールに行っていたはずなのに、たまたま家の近所で一人で時間をつぶしていた。と、そのとき、登りやすそうな電柱が目にとまった。すると、なぜか好奇心がはたらき、彼は電柱の頂上をめざし登りはじめた。
ほどよく揺れる高圧線が待ち構えていると知らずに…(なぜか、その電柱の電線はちぎれており、電線の先が電柱にぶつかるたびに火花をちらしていた)。
「なぜ電柱に登ったのか?」という私の素朴な質問に対し、彼は「鳥になりたかった」とポソリとつぶやいた。
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数分後、偶然通りかかった九大生が電柱にダラリとぶら下っている黒焦げの何かを見つけ警察へ通報。徐々に集まってきた人々はそのすざましい光景に驚き、それが人間だとわかると驚嘆し、誰もが死んでいると思ったそうだ。時間が過ぎ、近所の山部家の息子だと確認され、急いで両親にこの事故が告げられた。
しかし、あまりにも悲惨な事故現場だったため、駆けつけた母親を警官は押しとどめた。息子の安否をその目で確かめることができない母の鼻には、焦げた匂いだけが伝わっていたという。
事故から3日目、彼の意識が戻った。彼の精神力は強く、そして家族の祈りが通じたのか奇跡的に命をとりとめた。
しかし、事故の悲惨さが一目瞭然の形で残されていた。顔の真ん中にあるはずの鼻と左目は溶け落ちていたのだ。
その後、50回以上の入院と40回におよぶ手術を受けるために、母といっしょに上京する姿が6年間近く続いた。
溶け落ちた鼻を、なんとか彼自身の皮膚で再現させるための戦いだった。手術後の痛みは想像を絶し、苦痛のために暴れる
彼の両手はベットに縛られることもあった。
そんな痛みに絶えながらも、何度となく繰り返された手術だが、不幸にも毎回拒絶反応という結果を言い渡された。
失望する彼に、さらに術後の痛みが容赦なく襲う。精神と肉体が受けた痛みは10代の少年には、あまりにも大きすぎたに違いない。でも彼をいためつけていたのは傷口だけではなかった。
手術に通いながらも学校に復帰した彼は普通の生活も送っていたが、顔の真ん中に大きな絆創膏を貼り、左目だけを覗かせた少年の姿を珍しそうに見つめる人々の視線。遠巻きにされ、ヒソヒソと聞こえてくる自分についての噂話。あまりにも低俗な反応。だからこそ彼は、手術を繰り返した。その心の痛みから逃れたい一心で、手術の苦しみに絶えることができたのだ。
そんなある日、友達といっしょに土建屋にアルバイトに行ったとき、顔に絆創膏を貼った自分だけが断られるということがあった。顔の傷を除けば、彼は普通の生活を送ることができることを説明しても、聞き入れてはくれなかった。そのとき初めて『差別』という言葉を意識したそうだ(その後、幾度となく様々な差別を味わうこととなる)。
そんなつらい日々の中、彼の心をなごませてくれるのは音楽だった。ラジオから流れるROCKに心を奪われ、STONESやブルースに傾倒していくことで、すさみがちな心の中に小さな光りが差し込んでいた。彼は音楽の中に希望をみつけ出したのだ。
もっとも自由で、実力さえあればどんな風貌でも受け入れてくれるだろう世界に急激に引き付けられていった。どんな姿でも、どんなハンディがあろうと、音楽の世界は自分を拒んだりはしない…と。
大学2年の春、ヤマゼンは「もう手術は受けない」と宣言した。突然のことで家族は驚いたが、手術で苦しむ姿を見続けていた両親は、その言葉に反対することはできなかった。美しい顔を取り戻してあげることより、その痛みから開放してあげたいという思いが勝ち、ヤマゼンに同意した。
手術から開放されたヤマゼンは、急激に変化していく。もちろん意図的に。周囲の好奇心の目に打ち勝つために、必要以上の虚勢で心理的バリケードを築き上げていった。いつのころか、顔の真ん中の冷たいシリコンの鼻を自慢下に、瞑れた左目を覆う真っ黒なアイパッチをつけるようになっていた。ヤマゼンのその姿からは、両親の言いつけを守るかわいかった少年の面影は完全に消えていた。彼はひとりで生きていくためにその容姿を武器に変えたのだ。
音楽の活動を本気でスタートさせた彼は、すぐに話題の人となる。独特の外見のせいだけではなく、彼の歌声自体が博多の若者の心を捉えた。差別による痛みが彼の声に磨きをかけ、大人たちへの反抗心が彼の歌声に躍動感を与えたことで、彼から吐き出されるブルース・ROCKは本物へと成長していった。
そして、歯止めのないヤンチャな行動が不良たちの心を掴んだおかげで、博多中(彼を支持する若者、彼を煙たがる大人たち全て)に彼の名前が轟いた。
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