リクエスト小説『Goodfellas, Say nothing』   03

「あの。お取り込み中のご様子のところ、申し訳ないのですが」
 沈黙を破ったのは、美しいソプラノ。ロザリアだった。オスカーもともにいる。
「ああ、ロザリア。お待ちしておりました。取り込んでなど・・・いえ、私もどうしてここに彼等がいるのか状況を把握できていないのですが・・・とにかくこちらへ」
 リュミエールがロザリアを促し、椅子を薦める。オスカーがその椅子に手をかけ、彼女の為に引きながら言葉を継ぐ。
「ランディ」
「はい、なんでしょうオスカー様」
 背筋を延ばし答えるランディ。
「お前、なんでここにいるんだ?」
「え?あ、はい、あの」
「俺との約束よりもノゾキのほうが大事だとはな、とんだ誤算だ」
 光るアイスブルーの瞳に顔面の血の気が失せる風の守護聖。・・・ランディは忘れていた、ゼフェルとマルセルと3人でいる、そのことの元々の理由を。オスカーに、呼ばれていたのだ。
「おかげでこのお姫様にも随分俺の執務室で待ちぼうけさせちまったぜ?まったく、すまないことをした、ロザリア」
「いいえ、オスカー様。お気になさらないで」
 とびきりの笑みを彼女に返してから、再びランディに向き直るオスカー。
「俺としては二人きりの時間を堪能できたっていう役得にもなったが・・・約束を違えるにはそれなりの理由が欲しいところだな、ランディ」
「す、すみませんでしたーーーーーー!俺っ、すっかり忘れて・・・」
「オスカー様、あまりお責めにならないで。結果はどうせ同じ事。ここへ共に来る予定だったのですから」
「さすが女王候補に相応しい人格者だ、お姫様」
 水を差すようにオリヴィエが口を挟んだ。
「ちょっとワタシ聞いてないわよー。説明してよ。確か台本には無かったよねえ、こんなに大勢の登場は」
「台本???」
 年若い守護聖達は一様に声を上げた。驚く彼等の前に取り出された一冊の冊子。
「これよ、これ」
 奪い合うようにその冊子を回し見る3人。
「『スマイルズガーデン前の砂の城で会おうよ』?なんだこりゃ。けったくそ悪ぃ」
「お芝居のタイトルみたいだよ、ゼフェル」
「なんでそんなものが・・・」
 一向に的を得ない3人に、ロザリアは説明を始めた。
「これは、アンジェリークが聖地へ来る前、楽しみに見ていたテレビドラマの台本ですわ。手に入れるのに苦労しましたわ・・・主星の、私の家の者を使って・・・そんなことはいいですわね、あ、私は勿論こんな”安っぽいドラマ”に何の興味もございませんでしたけれど、スモルニィの女生徒の間ではそれはもう人気の悲恋ドラマだったとか」
 オリヴィエの発言が聞こえていたらしい。オリヴィエはそっぽを向いた。引き続きロザリアは事の次第を話す。
 ここのところ何やら塞ぎこみがちだったアンジェリークに理由を問いただしたところ、ホームシックであるらしい。ああ、あのドラマの結末が知りたかった。聖地に呼ばれたお陰で大好きなドラマの結末さえ見れなかった事を思い出し恨み言を呟く彼女。
「けっ、なんだアイツ、こないだハヤシライス食いてぇとか言って大騒ぎしたばっかりじゃねーか!!!」
「ゼフェル様の御言い分、もっともですわ。わたくしも呆れましたもの。まったくくだらないことをいつもいつも」
 怒りを隠さないロザリア。そんな彼女にオリヴィエは微笑む。
「そーは言っても見過ごせないのが、アンタの良いところだよねぇ」
「本当に。だからこそ、このような提案に協力する気持ちになったのですよ、ロザリア。もちろん、アンジェリークのことが心配なのは皆も同じですしね」
 リュミエールも同調する。ロザリアは少しだけ頬を赤らめる。
「と、とにかく。そうまでドラマの結末が見たいのなら、と。ここにいる守護聖様達のご協力を得てそのドラマの再現をしてアンジェリークに見せよう、そんなお話なのですわ。本編のドラマよりよほど素晴らしい俳優が揃いますもの、あの娘も満足でしょう」
 そういうことだったのか。今までの高揚と引き替えに、言葉を失う緑・風・鋼の守護聖であった。・・・ちょっと待て。「ここにいる守護聖の協力」・・・・。
「俺達も出るってーのかよ?その芝居に!冗談やめ・・」
「ああ、ゼフェル様はカメラマンをお願いしますわ。ドラマですから」
「ああ、そーかよ・・・」
 ロザリアにあっさり言われて、なんでだか声が低くなるゼフェルであった。
「じゃあ俺、俺は」
「ランディ、お前は俺の片腕だ。働いてもらうぞ」
「片腕ってオスカー様、何なさるんですか」
「俺はディレクターさ。恋愛のプロとしての経験を元にリアリティ溢れる演出を、渾身にっ!!もう金の髪のお嬢ちゃんの滝のような感動の涙が今から浮かぶな・・・」
 ってことはADか・・・。こき使われるんだろうな・・・。ランディも知らずうつむく。
「・・・じゃ、あの、僕・・・僕も裏方、なんですよね?」
 すがるような瞳でマルセルが言った。しかし先輩守護聖の顔は何やら意味深に微笑んでいる。
「ふっふっふ、マルセルちゃんには役があるわよー」
「このドラマは私とオリヴィエとマルセル、あなたしか登場しないのですよ」
「しかも主役、だ。頑張れよ」
 しゅやく・・・しゅやくって・・・。顔面蒼白になってもごもごと口の中で言葉を反芻するマルセルの、嫌な予感は的中した。
「マルセル様は、オリヴィエ様とリュミエール様の狭間で恋に揺れ動く、儚い美少女役ですわ!!!」
「本番はワタシがきっれ〜〜にメイクしてあげるからねー」
「不満があるかもしれませんが、ここはアンジェリークの為と割り切って、私達と共に良いものにしましょう」
 オリヴィエ、リュミエール、オスカーの3人はマルセルに歩み寄る。オスカーが肩を叩きながら言った。
「まかせとけ、マルセル!何よりお前を一番美しく演出してやるから。・・・・おっと」
 急に脱兎のごとく走り出・・・そうとしたマルセルを瞬時に羽交い締めにするオスカー。
「逃げるな。これは先輩からの、命令だ」
 その一言にがっくり肩を落とす、ランディ、ゼフェル、マルセルであった。

「さあて、話し終わったところでさ。言いたいことあんのよー、オスカー。ワタシのこの役さあ、ここであっさりヒロインの前を去るっての、嘘くさくなあい?」
「私はいささか賛同しかねるのですが。物語が醜い争いに展開するよりも、ここで美しい別れというのが逆に良いのでは・・・」
「でもさ、もーちょっと深みが欲しい、っていうの〜??ここで一波乱あったら絶対面白いって、このドラマ。それならワタシもノレるんだけどな〜あ。ね、どう思う、リアリティ追求する監督さんとしては」
「そうだな、確かに・・・」
 なんだかんだ言ってノリノリの先輩守護聖達。それを横目に、未だショックから立ち直れない様子の脇の3人は話の内容も右から左に呆然としていた。
 あの茂みの中での盛り上がりはいったい何だったんだ。オリヴィエの言葉に涙まで流した自分らの立場は。っていうか、ホームシックなんて理由さえつけられない自分達、もしかして欲求不満か??
 様々な想いが交錯し、視線は泳ぐのみだった。

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